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「乃井くん‥‥ぼく、きみのこと本当に好きなんだよ‥‥」
「友達になったばかりの頃にも聞いたけど?」
「もちろん友達としても好きだけど‥‥それ以上、ってこと」
っていうと‥‥?
‥‥。
まさか‥‥?
氷沼くんがじっとぼくを見ている。そういえば彼は以前からよくこんな視線を送ってきてた‥‥。
「‥‥ら、らいくじゃなくて、らぶ‥‥なのか?」
氷沼くんはゆっくりと一回まばたきをした。
どひーっっ! じゃ“落ちた”って、フォーリンラヴってこと!? まじかよ。
氷沼くんが距離を詰めてくる。彼の髪の影が落ちる。呼吸が掛かる。
キスされるっ。と思ったその時、氷沼くんの携帯の着信音が鳴った。
ぼくたちは目を見合わせ、音の聞こえるテレビの方を見た。
「そこにあったのか!」
氷沼くんが携帯を拾い上げ、通話する。
「はい。課長! あー、すみませんダメです。乃井くんといますので‥‥ハイ、ハイ。では」
通話を切った後、彼は言った。
「3課長がこれから飲みに来いって。断ったよ」
それは、ぼくといるから?
「氷沼くん、携帯‥‥不携帯だったんだ」
ぼくは彼の携帯が通じなかった理由が分かってホッとした。
「うん。今日会社に着いてから気付いてね‥‥。わ、乃井くん3回も電話くれたの」
氷沼くんが着信をチェックして笑った。
「だって‥‥」
なんだか恥ずかしくなり、目線を外して拗ねてやる。
「かわいいね、乃井くん」
不意を突かれて、チュッとぼくの唇に彼のそれが触れた。ぼくの頭の中が一瞬真っ白になる。
「───っ!!」
こいつ本当にキスしやがった!
「なななななんてことをっっ。ぼくらは男なんだぞ」
ぼくは口を隠して彼を突っぱねようとした。
「男同士だって普通キスくらいするでしょ」
「普通はしないよぅ!」
ぼくはそこんとこは否定したが、彼のほほ笑みの奥に何か別のものを感じておののいた。
「今したじゃない」
「氷沼くんのは普通じゃないんだろっ。何か、やましい下心が!」
ぼくとの距離を縮めてくる彼を両腕で押し返してはいるが、力の差は歴然だ。
「恋は下心ってね」
「氷沼くんっ! コラ」
じりじりと詰め寄られ、両腕も封じられ‥‥。
「乃井くんだって抵抗しないし」
してたよっ!
あ、でも何で止めちゃたんだ、ぼく。‥‥んっ。視界いっぱいに、ドアップの氷沼くん‥‥。
甘い、なぁ‥‥。
唇が離れた後ゆっくりと目を開くと、彼もゆっくりと目を開いていて、目が合ってしまった。

「好きだよ、乃井くん」
わかったよ‥‥。今のキスでわかった。きみ、料理にするみたいにキスにも愛情込めただろ。こんな甘いキス、したことないや。
きみに尽くされることにやっと慣れてきたところだったのに、追い討ちだよ。ラヴの領域で好かれるなんて‥‥。でもぼくにはきみが必要だと思うから‥‥そう思うから。
「うん‥‥。ぼくも好きだよ、友達として」
そう言ったら、彼の表情が少しだけ失意に染まった。ごめん氷沼くん。ぼくには時間が必要だ。時間が経ったところできみに応えられるかわからないけれど‥‥今すぐになんて、応えられないから。
気の抜けている彼にぼくは言ってやった。
「なんだよその顔ー! イヤなのか? 友達だって普通にキスくらいするんだろ」
やっぱり彼は大事な人だ。失いたくないのは、ぼくの方。だから、さっきは否定したそこんとこを譲歩してやることにしたんだ。そうしたら彼の表情がぱぁっと明るくなって、じゃれるように跳び付いてきた。
「だから好きー! 乃井くん!」
なんだか氷沼くんはでっかい猫みたいだ。なつっこい虎かな?
このまま好きだと言われ続けたら、ぼくもそう思い込んじゃったりするかもしれないよ、氷沼くん。
「ぼくがピンチのときは飛んできてくれよ」
「そりゃぁもう超特急便で! 特急便からパワーアップだ」
あはは。すごいな、特急超えちゃうのかよ。
「あー、でも仕事ほっぽって来ちゃだめだからな」
彼ならやりかねない。
「えー! 超特急の意味ないじゃん」
ホントにほっぽって来るつもりだったのか?
「氷沼くんはぼくのために時間取り過ぎだろ。このままじゃ会社にもマズイんじゃないか?」
そう言ったら、彼は「にひっ」と笑った。
「乃井くんの介護は公認だから大丈夫。さっきも3課長から電話あったけど、乃井くんといるって言ったら即釈放だったでしょ。あのしつこいスッポン3課長がだよ」
「それは‥‥ぼくも、あれっと思ったけど」
氷沼くんの上司である3課長がどんな人かはぼくも知ってるし。でもぼくはもう会社の人間じゃないんだぞ。
「ウチの会社ってそういうトコじゃん。上司みんな人情派で」
「そういやそうだね‥‥」
会社の厚意もありがたく受け止めておこう。助けられるのはぼくなんだ。
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