SWEET-躊躇いと純情-
-The hesitation and the pure heart- Field of love.


(5)



氷沼くんは部屋の鍵を開けドアを開けると、ひょいとぼくを持ち上げて中に入れた。いつもこの瞬間だけは顔から火が出るほど恥ずかしい。だけど今日は、彼の力強さが頼もしかった。

「うれしいなあ。乃井くんが来てくれるなんて」

ぼくは謝りに来たはずなのに、ぼくが謝る前に彼が顔をほころばせて言った。

「夕ご飯食べていくでしょ? 今日はオムライスにしようと思ってたんだよ」

オムライス!? 聞いた途端おなかがギュ〜〜っと鳴る。それを聞いた彼は、ははっと笑い、今すぐ作るねと言ってキッチンに行ってしまった。

すっかり忘れてた。ぼくハラペコだったんだ。

キッチンからおいしそうな匂いが漂ってくる頃には、ぼくの麻痺は取れていた。現金な体だな‥‥。ま、発作のおかげで氷沼くんに会えたんだけどさ‥‥。

ぼくは立ち上がり、キッチンに行った。料理をしている見慣れた彼の後ろ姿が、なんだかとても愛しく思えた。感謝もしすぎると愛まで感じるようになるのだろうか? ぼくは彼に近づいた。

「うまそうな匂い」

「動いて大丈夫なの? 待ってね。いま卵に愛情込めてるから」

卵液を作りながら彼は言った。それにしても愛情って。ぼくは笑った。

「氷沼くんの料理が美味いわけがわかったよ」

「そう?」

「何か手伝おうか」

「じゃサラダ盛り付けてくれる。食器は出してあるから」

既にボウルにミックスされている状態だったサラダを盛り付け、ドレッシングをかけた。



「さあ、出来たよ」

テーブルに運ばれてきた出来立てのオムライスは、きれいな卵の上にケチャップで「のい」と書いてあった。氷沼くんの分には「ひぬま」と書いてある。おもしろいっ。

「何コレ!? 中身違かったりすんの?」

「いや同じ。ウケるかと思ってさ」

「ウケた」

「食べよ。お腹空いた」

「ぼくも。餓死寸前だったんだよ。いただきます」

ぼくは一口を口に運んだ。口内が唾液で潤うのを感じる。ああっ、うまい! 氷沼くんは、一度持ったスプーンを皿において言った。

「‥‥まさか、あれから全然食べてないとか‥‥じゃないよね」

「食べてなかった。水は飲んでたけどな。あー、ほっぺ落ちそうっ」

「勘弁してよー。担いだ時いつもより軽いとは思ったけどっ! あは。乃井くん美味そうに食べるね」

彼は、がむしゃらに食べるぼくを見て幸せそうに笑っていた。だって本当にうまかったんだ。



食事を終えてくつろいでいる時、ぼくは氷沼くんと向かい合った。

「氷沼くん、こないだはごめん。ぼくがバカだった。一人になりたいなんて言ってごめん。きみに素直に甘えられなくてごめん。もっといっぱい謝りたいけど‥‥それ以上に感謝したいよ。もっと甘えたいし、助けに来てほしい。ぼくにおいしいご飯を作ってほしい」

これが、ぼくの気持ちだ。ぼくには誰かの助けがどうしても必要で。だったら、氷沼くんがいい‥‥。

「乃井くん‥‥。なんかプロポーズみたい。ちょっと照れちゃったよ」

そんなんじゃないと言おうとしたけど、そうかもしれないと思ってしまった。しょっちゅう倒れるぼくの所為で氷沼くん、彼女つくるひまもなさそうだし。

「ぼくの世話で、氷沼くんの人生狂わしちゃうかもな」

そう言ったら、彼は両手で顔を覆ってしまった。

「‥‥氷沼くん?」

どうした?

「はあっ‥‥。」

溜め息とともに、顔を覆っていた手を下ろした彼は、口元でほほ笑み泣いていた。

「えっ、どした? 何、なんだよ!?」

ぼく、男泣かしちゃった?!

「入ったー。今ので完っ全に落とされた」

落とされた? ぼくが疑問に思っていると、彼は涙を拭いて言った。

「落ちかけてる自覚はあったんだ。だから落ちないように踏ん張ってたのに‥‥だめだった」

「え? どういうこと」

疑問の嵐の中にいるぼくに、氷沼くんはほほ笑んでよこした。

「嬉しいんだ。もっと甘えてくれていいんだよ。これからもいつでもどこでも助けに行くし、きみのためにご飯作りたい。
ぼくこそごめんね。乃井くんを追い詰めてしまった‥‥。ぼくはいつもこうなんだ。誰かを好きになるとその人のために何でもしてやりたくなって‥‥尽くしすぎて逃げられてしまう。
ある人の話では、ぼくの愛は重いんだって。それでぼくといると息苦しくなるんだそうだ。自分でもわかってる。でもこれがぼくなんだ。誰にも受け入れてもらえなくても‥‥だからこそ自分を偽ったりはしないし、したくない」

ああ、そうなんだ。氷沼くんはこういう人間だった。彼が話す前に奉仕の理由に気付いてあげられればよかった。もっと早く、彼を理解してあげられればよかった‥‥。

「きみのことは失敗したくなかったんだ。けど前の人たちと同じように、ぼくの好意が乃井くんの負担になってるんだと思って‥‥あてつけて飛び出してしまった。それが余計にきみを傷つけてしまって‥‥こんなぼくでごめん‥‥。でも、きみは‥‥」

氷沼くんがぼくを見詰めてくる。

「きみは、ぼくを受け入れてくれる‥‥」

「そりゃ‥‥ぼくには氷沼くんが必要だから。ていうか、ぼくはきみに愛想尽かされたかと思ってたんだぞ!
‥‥事故の前には戻れないんだって、ぼくもやっとわかったんだ。きみに助けられることを否定しながらも安心感を認めてて、その矛盾で混乱してたんだと思う」

それでもまだ普通に生活していたいと思うからこそ、氷沼くんの助けが必要なんだ。

「きみに尽くされることにもそろそろ慣れてきたし、さ」

やっとだけどな。


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