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そうしておれたちは家まで戻ってきた。
「ありがとう、重かったでしょう」
ようやく地面に足をつくことができた。なんだか平衡感覚がおかしい。地面が揺れてるみたいだ。
「いや、軽いくらいだった。大丈夫か、歩けないのだろう」
図星。足が前に出ない。
「不慣れな空に体が混乱しているんだ」
そう説明してくれたシオリさんにまた抱きかかえられた。おれが扉を開けて中に入ると、シオリさんはベッドにおれを下ろしてくれた。
「あー、びっくりした」
「すまなかった。怖かったか」
「ううん、楽しかったよ。また連れて行ってくれる?」
シオリさんを見上げたら、彼は笑った。
「明日、湖を見に行くか」
「うん。けど翼は濡れても平気? 明日は雨だよ」
「問題ない」
そう言って翼を広げたシオリさんは凄艶だった。またしても見とれていると、ドドンと誰かが扉を叩いた。
「ヒサシぃ、オレだ。死んでねーか?」
シンカだ。扉を開けると、なんとも晴れやかな彼の顔があった。…わかりやすすぎだろ。
「おまえ…」
シンカは気持ち悪いくらいにっこり笑って「じゃーん」と体を横にずらした。後ろにいたのは、フーガ。
「フーガだぜ」
「お久しぶり、ヒサシ」
相変わらずかわいいフーガは、少し恥ずかしそうなを表情だった。
「おう、元気そうだな。フーガがここにいるってことは…おめでとう、シンカ!」
「うん、ありがとな」
シンカが顔を赤らめてる。
「あのさフーガ、聞きたいことあんだけど。シンカのどこが気に入ったの?」
聞いてみたら、彼女も顔を赤らめた。
「えっとね、誰にも言ってなかったんだけど、あたしずっと前からシンカのこと好きだったの。片思いだと思ってたから、告白されてうれしかった。
両思いになれたのはヒサシのおかげなの。ヒサシがシンカと友達になってくれたから…。ありがとうヒサシ。それで、シンカがヒサシのところに行くっていうからついて来ちゃった。…体調は?」
そうだったのか。それにしてもおれのことまで気遣ってくれちゃって、優しいよなフーガは。
「おお、具合はどうだ、ヒサシ」
シンカはついでみたいに聞いてくる。
「おかげさまで良くなったよ。休んでく? お客さん来てるけど」
シオリさんが椅子に座ったままお辞儀をした。つられたようにシンカとフーガもお辞儀をした。
こっそりシンカが耳打ちしてきた。
「誰?」
「シオリさん」
「あ、祭りで会ってた人? どういう関係? この村の人じゃないよな」
シンカは小声で言ったつもりだろうけど、シオリさんにはきっと筒抜けだよ。そう思うと少し笑えた。そして思った。シオリさんの翼、二人には本当に視えてないんだ。
おれは徹底的に誤魔化すことにした。だって、翼が視えない有翼人なんて信じてくれそうにないし、話しがややこしくなりそうだから。
「うん。おれのいとこにあたる人なんだって。今、おれの親の話を聞いてたんだ」
実際にはおれに身寄りはいない。親のことも何も知らない。
「いとこ?」
「うん。彼はすごく遠くに住んでるんだって。おれの親も蒼髪だったらしいことは二人とも知ってるよな。遺伝だと思うんだけど。それを知ってる彼が、長年かかっておれを捜し出してくれたんだ」
思い付きを言ってみたけど、そうなんだよな。蒼髪は遺伝なんだ。そうやってはるか昔からおれの先祖たちはシオリさんを待ってたことになるんだよな。なんだか果てしない…。
「そっか、よかったじゃないかヒサシ。おまえずっとひとりだったもんな…血のつながってる人いてよかったな。オレ安心した」
シンカはしきりによかったと言った。シンカはおれの孤独を人一倍心配してくれていた。
「積もる話もあることだろうし、おれたちは帰るよ」
「ヒサシ、この村出て行っちゃうの?」
フーガが祈るように言った。目がちょっと潤んでいるようだった。
孤児だったフーガは村内に引き取り手があった一人だが、孤児のなかには村外に引き取られていく者もいる。そうなるともう会えないも同然なんだ。村と村が離れすぎているから。
「まだそこまでは決めてないよ」
おれはほほ笑んだ。
「ヒサシがいなくなったら寂しくなるな…」
シンカがつぶやいた。
「ヒサシ、あなた自身がいいと思う道を選ぶのよ。あなたが幸せなら、あたしたちもうれしいよ」
「うん…」
二人は手を振り帰って行った。おれは二人を見送って扉を閉めると、なんだか急に切なくなってうつむいてしまった。
「良い友人だな」
シオリさんが声をかけてくれた。
「…うん。おれ思うんだ。今のままでも十分幸せだけど、もっと幸せになれるかもしれない…あんたとなら」
おれはシオリさんの瞳を見つめた。その紫眼に、おれの未来が映っている気がした。
「ヒサシ…おまえを、抱きしめたい」
ああ、まただ。切なそうな瞳。
…シオリさんにこんな顔させてるのは、おれなんだ。おれだけを、求めてくれている…
胸が締めつけられる。言葉にできない気持ちが溢れ出しそうになる。
おれは両腕を広げた。
シオリさんが立ち上がり、
ゆっくりとおれに近づいて、
包み込むように優しく、
そっと、
抱きしめてくれた。
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