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1、紫織(シオリ):聖域より追われし者
†…†…†
『わたしは放たれた
地上を覆い尽くす雲を割り
一筋の光となって』
ここから見上げる太陽は小さく、時と共に東から西へ廻っている。小さくても神々しさを失わない光が地平に隠れれば、やがて辺りは闇に包まれる。
夜。
わたしの生まれたところ…この地よりはるか上空、聖域と呼ばれるところには、夜がなくまた闇もなかった。ゆえにわたしは夜を恐れた。
地に降りたばかりのころ、わたしは太陽を追いかけていた。夜に呑まれぬように。それでも闇は常に背後にあった。
闇の恐怖から逃げるように太陽を追いかけていたわたしだったが、太陽と共にめぐることで、地球の美しさに心を奪われることもあった。
大海原に散る波の輝き、光を糧とする森の深い緑の薫り、日々刻々と移ろう雲行きは上空からより地上からのほうが優雅でいて神秘的に流れ、半円弧の虹に驚き、肌を打つ雨の感触には感動すらおぼえた。
わたしは風に乗り、語り尽くせぬ地上世界を知った。
あるとき夕焼けに見とれていたわたしは、闇があるはずの背後の違和感に振り返った。そこにあったのは、太陽よりも大きな赤い円、満月だった。やがて月明かりは夜を照らし出し、暗いはずの闇をやわらげていた。
空には雲ひとつなく、蒼く優しい月光に包まれわたしは…わたしの右目は、涙を流していたのだった。その蒼が、失った左瞳の色と同じだったからだ。
わたしが夜を恐れていたのは、孤独のせいだったのだ。
聖域において、目を失うことは身を裂くことと同位。聖域にいたころわたしはひとりだったが、孤独を感じたことはなかった。
罰を受けて左目をえぐられ、なかば自棄状態で追放され太陽を追って過ごした日々は、罪も罰も、ただ忘れていただけなのだ。独りの暗闇の冷たさが怖かっただけなのだ。
月影になり涙したわたしは、いつしか思いだしていた。わたしと共に地上に放たれた左目の存在を。
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