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白い短髪と長衣、左目を黒い眼帯で覆った涼しげな顔立ち、背に生えたぼろぼろの翼…、天使。
「わたしの翼が、視えるのか」
咲き乱れる花火の下で。
ぼろぼろの天使はゆっくりと距離を縮めてくる。
おれは、彼に見とれてしまっていた。
「名は?」
彼がおれを見下ろした。
「ヒサシ…」
「わたしはシオリ。また会えるかな」
「うん」
おれが無意識に答えると、彼は口元でかすかに笑って、背を向けて去っていった。
「ヒサシ? 今の人だれ、知り合い?」
「うん…」
戻ってきたシンカから飲み物を手渡された瞬間、おれは腰を抜かしてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
それからおれはすっかり呆けてしまって、祭りどころじゃなくなっていた。心配したシンカがおれを家まで送ってくれたけど、その間なにか話してたはずなのに思い出せない。
家に着くと少しは落ち着いた気がした。シンカには礼を言っておいた。
「オレは祭りに戻るからな。おまえはもう寝てしまえ。ちゃんと鍵かけろよ。あとでまた来るよ」
言われたとおりちゃんと内鍵をかけて、ベッドに横になった。
シオリ…そう言ってた。彼の名前。とてもきれいな天使。
十年前と同じ雨乞い祭でまた会えた。そしてきっとまた会える。彼はほほえんでいた。
シオリ。シオリさん。いい響き。どこか懐かしい感じさえする。
と、突然。
「あっ痛…!!」
左肩に激痛が走った。今までにない激しい痛み。しかもなかなか引かない。
いたいよ…!
「いた…い…」
「見せてみろ」
え!?
どうしてここにシオリさんがいるの!
「あんた…っ、どこ、から…」
扉は確かに施錠してた。どうやって入ってきたんだ?
痛みは引くどころか強くなる一方だ。苦しい。まともに息ができない。
おれは恐る恐る肩を押さえている手をずらし、腕を締めて痛みをこらえた。あらわになった肩口には、今までにないくらいはっきりと紅く、みみず腫れになって模様が浮かび上がっていた。
はっ、はっ、はっ…苦しいっ! なんだよこれっ!
「やはり、おまえだったか…」
シオリさんはそう言って浮き上がった模様に口付けた。
するとどうだろう、すうっと波が引くように痛みが流れていき、模様も消えてしまったんだ。
「はぁっ、はぁっ、あんた…」
おれは息を整えながら彼の顔を見上げた。
「勝手に入ってすまなかった。天窓が開いていたのでな。…どうした? まだ痛むか」
「あ、ううん大丈夫」
彼がおれの顔をのぞきこんできて、おれは我に返った。どうやらまた見とれいてたらしい。
「…あんたの翼、ぼろぼろだね。十年前もぼろぼろだった」
「醜いか? この翼が」
おれは慌てて首を横に振った。
「そうじゃなくて、なんか、きれいだから…」
刹那、彼の動きが止まった。そして涼しげな顔がゆっくりとほほえみに変わった。
「ありがとう」
おれはそのほほえみで、十年前と同じに心臓を鷲づかみされた気がした。
―…そばにいるだけで、胸が締めつけられる。
「あの、さっき言ったよね、おまえだったかって。どういうこと? どうしてあんたがキスしたら模様も痛みも消えたの」
シオリさんは少し考える風にうつむいて、手近にあった椅子に座った。
「…簡単に言えば、おまえは力だからだ。以前わたしが持っていたものだ」
「ちから?」
シオリさんはうなずき、左目の眼帯に触れた。
「おまえの髪の色と肩の刻印が示すものは、まさしくわたしが失った左目。左まぶたの下は空洞だが、以前はここに力が宿っていた。わたしの右目をごらん、刻印が見えるだろう」
シオリさんの言うとおり、のぞいた右目には、なにやら模様が見て取れた。それはおれの肩にあらわれたものと似ていた。
あれ、色が…。
「色、違うんだね。あんたの右目は深紫色だ。おれが左目だって言ったね」
だとしたら、蒼。
「ああそうだ。われわれは二つの瞳に二つの色と刻印を持つ。そのうちどれかひとつでも欠けると、聖域での存在を維持できなくなる。不完全な有翼人を聖域が認めないからだ。わたしは左目をえぐられた」
「どうして…」
シオリさんは過去を嘲るようにふと笑った。
「罰さ…」
「罰?」
「はるか昔、わたしは聖域を破壊することに悦びをおぼえる狂者だった。左目に宿った破壊の力におぼれていたのだ。だがついに捕らえられ、力の源である左目をえぐられた。
おまえの肩の刻印は聖域への誓約を意味するものだ。そして蒼色は破壊の力。隻眼となっては聖域に留まることはできない。わたしはこの地上へ追放された。
聖域の門をくぐるとき、番人から、左目も地上に放たれることを聞いた。姿を変える左目は、運がよければ人間の形態となるらしいことも」
「それが…おれ」
シオリさんはうなずいた。
それが真実なら、おれの血筋が蒼髪なのにはちゃんと理由があったってことだ。
「地上に降りてからわたしはしばらく自棄状態のまま彷徨っていた。右目の刻印の飛行能力で太陽を追いかける日々を送っていた。聖域には夜がなかったから、闇を恐れたのだ。
ある夕暮れに立ち尽くしていたとき、初めて満月をみた。その夜に闇はなかった。景色の蒼さに心打たれて、わたしは門の番人の言葉を思い出した」
淡々と話すシオリさんの深く澄んだ声に、おれは引き込まれていった。
「そして左目を捜さなければと思った。左目を見つければわたしは孤独ではなくなる、そう考えていることに気付いたとき、わたしが真に恐れていたのは、闇ではなく左目の喪失を認めることだと気付いたのだ」
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