きになるあのこ 後編(2)



 晧々と明るい体育館にボールの音が響く。

「んで、チョコは無事だったんだ?よかったじゃん」

 サーブの練習をしているあたしの後ろで、日下先輩がボールの壁打ちをしながら言った。

「それはもー。一時はどうなることかと思いましたけど」

 昨日水をかぶったチョコレートたちは、上で蓋の役目をしてくれた手紙たちの健気な活躍で救われていたんだ。バッグが乾燥中なので、今日の収穫は紙袋が代わってくれている。

「ところで先輩、あたしに付き合ってると帰るの遅くなりますよ」

 オネーサマたちもみんな帰っちゃいましたよ。

 今日も一人で居残り練習するつもりだったのに、部活動が終わってから、どこからともなく現れた日下千尋が、なぜかボール遊びをしている。

「翼空のこと教えたろーと思ってな。さすがに本人いると、そーゆー話できねぇだろ」

 ドキーン!翼空先輩のこと?それでわざわざ待っててくれてたんだ。

「感激ですっ」

 7時になって、練習を切り上げた。

 体育館と部室を片付けて、鍵を返して靴箱に行く。

 今日は雪崩が起きないようにそっと開ける。そこには山積みのレターたち。

「またすげー量だな」

「昨日よりは・・・少ないです」

 紙袋に移動完了して、靴を履く。

「もしかして、今日も一緒に帰るおつもりですか」

「ダメ?」

 あたしのささやかな抵抗は、日下千尋にはこれっぽっちも効いちゃいない。

「あのぅ、あたしは翼空先輩のこと教えてもらえればそれでいいんですけど」

 抵抗の変わりに希望を述べると、日下先輩はあたしを見下ろした。

「まさかおまえ、タダで聞くつもりだったの?甘ぇよ」

 ガーン!お先真っ暗!?

「あたしは日下先輩に差し上げるものなんて何も持ってないですよ!あ、もしかして」

 あたしはチョコたちの入った紙袋を抱き締めた。

「アホ。オレは楽しい時間を所望する」

 へ?何それ?

 どうやら日下先輩は、昨日一緒に帰ったのがだいぶ楽しかったようで『楽しい時間』と引き換えに翼空先輩のことを教えてくれるらしい。

「そっ・・・それなら仕方ありません・・・」

 ブツブツ文句を言いながら、あたしは歩き出した。

 昨日とは打って変わって今日は雲一つない。だけど春特有の朧月夜だ。

「オレ、今日これなんだ」

 日下先輩は、いつからそこに無断駐車していたのか、昇降口の前に堂々と置いてある自転車のサドルをぽんぽんと叩いた。

「荷物貸せよ、でかいほう」

 そう言ってスポーツバッグを指差す。

「?」

「大事なモンが入ってるほうは持ってな。重たいのカゴに入れてやるから」

「先輩って意外と細やかなんですね・・・」

「もっと褒めてもいいぞ。そしたらおまえも乗っけてやるぞー」

「あっ、もう褒めません」

 スポーツバッグは籠に積んでもらって、紙袋はあたしが持って、先輩は自転車を押して歩き出す。

「なあー、後ろ乗んねー?帰んの朝になっちまうよ」

 学校前のバス停はとっくに過ぎてしまったし、次のバス停もまだまだ先だ。

「・・・先輩が早く翼空先輩のこと教えてくれたら、今日中には家に着きますけど」

「かーっ、これだ。わかった。後ろに乗ったら翼空のこと教えてやる!」

「うわっっ、卑怯!」

 あーん、どうすればいいのよ・・・。

 3分後、先輩の背中を見ているあたし・・・。

 風が通り過ぎていく。先輩はあたしの右側で自転車を漕いでいる。荷台に横乗りしたあたしは、右手でしっかり紙袋を抱いて左手で荷台をつかんで体を支えた。

「なんか、久し振りに自転車乗りました」

「たまには良くねえ?オレも久し振り」

 春の風が心地良く髪を乱す。

「さあ先輩、約束を果たしてくださいよ」

「気が早えなぁ、もうちょっとまてねえ?」

 何言ってんだい、この人は。もったいぶって教えないつもりかい?

「ほら、見えてきた」

「?」

 山の稜線が切れて隣町の明かりが見える。

 自転車は、小高い丘に差し掛かった一休みパーキングに停まった。

「よく見てみな、オレンジの街灯」

 言われたとおりオレンジの街灯を辿ると・・・

「ぷっ・・・うそ・・・」



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