きになるあのこ 前編(6)



 あたしの質問に、先輩はきょとんとして、それから優しい笑みに変えて答えてくれた。

「おー、いるよ。一人だけ」

 なんて優しい顔をするんだろう。あたしが知ってるへらへら笑いとは全然違う、これが本当の日下先輩なのかな・・・?こんな風に微笑みかけられてる先輩の好きな人は、すごく幸せなんだろうなぁ。いいなぁ。・・・翼空先輩は、あたしにこんな風に笑いかけてくれるかな・・・。

「でもそいつ、オレには全然興味ないらしくってさ。オレがいくら頑張って楽しませても、そいつには心に想ってるヤツがいるんだよな。オレ、片思いなんだ」

 先輩でも照れること、あるんだ。

「それでも好きなんでしょう?」

「好きだよ、すげー好き。なんかよくわかんねーけど好き。・・・誰にも言うなよ、こんなこと」

 照れながら笑う先輩。なんか、かわいい。

「言ったら後が怖いです。でも先輩はいい人だしすごく優しいから、いつかはきっとその人も気付いてくれますよ。その人がどんな人を想ってるか分かりませんけど、こんな人ほっとくなんて勿体無い!」

 あたしは言い切った。

「やっぱそー思う?オレってかなりオイシイもんなぁ。顔もスタイルも素っ晴らしいし、勉強運動なんでも来いだろ?性格だっておおらかだし優しいし、サービスはいいはずなんだよー。なのにさぁ、あいつ・・・っだーッ、自分褒めたらスッキリした」

 ずっこけそうになった。愉快な人。先輩はカッカッと笑ってる。

 雨はいつの間にか降り止んでいた。さっきまでの天気がうそのよう。割れ始めた雲のすき間からこぼれだした月の光が、辺りに漂いだす。

「あたし、先輩のこと見直しちゃいました」

「・・・っておめー、ハナからオレのこと誤解してんだよ。見直すも何も、悔い改めよって感じ」

 はい、悔い改めます。

「いつもヘラヘラしてるから、軽そうでまじめに人を好きになったりしないんだろうと思ってた」

 それはひどい・・・と先輩は肩を落として、でも次の瞬間には笑顔になった。

「ほんと、おまえ変だよ」

 ちょっとムッ。仕返しか?

「まず先輩を先輩と思ってねえもんな。オレに食って掛かるなんて十年はえーけど、ま、今日はそれなりに楽しめたし許してやるか」

「それはありがとうございます」

 許してくれると言うので、とりあえず礼を言う。

「・・・ずいぶん明るいな、月の光」

 雲が切れて月光が差し込んできた。先輩は月光に照らされて青白く、とても綺麗だった。こんな人が本当にいるんだなぁ。無意識に見惚れてしまう。

「そうですね・・・あっ、ここから先は一人でも帰れますので。今日は何かとお世話になりました」

 いつも帰りはこんな時間だから暗いのなんて平気だけど、今日は楽しかった。

「そーか。良い子は早く風呂に入って寝るんだゾ」

「先輩こそびしょ濡れなんだから、さっさと家に帰ってくださいよ。途中で女の人襲っちゃだめですよ」

「まったくすげー言われ様だぜ・・・じゃな」

「さよーならー」






「ただいまー」

「お帰り紗綾。まーっ、びしょ濡れじゃない」

 玄関を開けるなり、母が駆け寄ってきた。

「傘持っていくの忘れちゃって。これでも途中までは傘持った人と一緒だったんだよ」

 玄関で濡れた制服を脱いで母に渡し、かわりにバスタオルを受け取る。

「傘持った人って?それでこんなに濡れちゃうの?」

 怪訝そうに母が聞く。

 ブラウスの上からタオルである程度水気を拭いて、足を拭いてやっと家に上がることができた。

「日下先輩だよ。なぜか一緒に帰るハメになっちゃったんだけど、あの大雨の中で傘閉じられちゃって」

「日下先輩って、一重ちゃんがよくしゃべってる日下千尋くん?あんた、嫌いじゃなかったっけ」

 うちの母には、娘の学校の話題が通じるんだ。一重が遊びに来る度に日下先輩のことをヨイショしていくおかげで、今では母も隠れ日下千尋フリークになった。なぜか生写真まで持っていたりする・・・。

「嫌いだったけどー、お話ししてみたら、結構いい人だった」

「ほらね、いい男はいいのよ。おかーちゃんいつも言ってるでしょ」

 母はいつもあたしに、男は顔よ!とか訳分かんないことを教えてくれたりする。そういえば父もまあ、悪くはない顔だ、と思う。

「まさか、お付き合いしてるの、だまってたのね?」



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