きになるあのこ 前編(4)



「先輩は読まないんですか?」

 日下先輩だって、あたしとは比べ物にならないくらいラブレターやファンレターをもらってるはずだ。

 ようやく靴を履いて、他人事みたいにエライねなんて言った先輩を見た。

「興味ねーもん」

「じゃ、捨てちゃったりするんですか」

 この人は捨ててるな、と思ったらやっぱり。

「オレには必要ねーから」

 その言葉にドキッとした。

 日下先輩は自分に必要なものを選別してる人だったんだ。こんな容姿だから、手当たり次第手をつけてるってイメージがあって、なんでも自分の物にしなきゃ気がすまない人なのかと思ってた。人は見かけでは判断できないんだなぁ。

 ところで、山のようなラブレターはいらなくて、オネーサマたちははべらせてるよねぇ。唯物主義なの?・・・もしかして、オネーサマたちが勝手にはべってるだけだったりして・・・。だとしたら日下先輩は何を必要とするんだろう・・・。

 あっ、なんか今よけーなこと考えちゃったっ。とにかく、今のあたしには手紙(あたし宛てのはほとんどがファンレターなんだ)は必要なの。元気出るもん。

「手紙がかわいそーってか?」

「それって、オネーサマたちの受け売りですね?先輩のことだもん、手紙はごみ箱直行なんじゃないですか?」

 先輩って奥が深い、と思ってたのに、また変なこと言っちゃった。

「ひでー言われよう。ま、確かにその通りだけど」

 玄関を開けるとそこは別世界だった。もう7時を過ぎてる夜の空を、雨雲がさらに闇で深めていた。

 地面は水鏡。大粒大量の雨がアスファルトに当たって砕けて、閑散とだけど規則正しく並んでいる街灯の明かりを反射して、足元だけはほのかに明るい。

「すごい雨」

 ささやきは雨音が掻き消してしまう。

「使えよ」

 先輩が大声を出して、広げた傘をよこした。

「えっ、でも先輩が濡れちゃいますよ」

 負けじと大声で言う。

「オレはいーの。雨好きだから」

 先輩はニッと笑うと、雨のシャワーの中に飛び込んでいった。傘を受け取ったあたしは・・・追って先輩に傘を差していた。

「!?」

 先輩が振り返る。

「1本しかないから・・・」

 二人で1本のこうもり傘の下で、時間が止まったみたいになった。

「ぷっ・・・だからおめー、変なやつ」

 先輩の笑い声で時間が動き出したのがわかって、あたしも思わず笑った。

「先輩、笑いすぎです」

 それでもクックッと笑う先輩を見ていたらだんだん悔しくなってきた。

「あたしって、そんなに変ですか」

 やっと治まってきて笑いを腹で抑えながら、先輩は言った。

「おまえって、思ってた以上に負けず嫌いなのな」

 そりゃ自覚してますけど、変とどうつながるの?

 考え込んでいたら先輩に傘を取られた。

「帰ろーぜ」

 二人で雨の中を歩き出す。並んで歩くと、先輩の身長がわかる。183cmって一重が言ってたっけ。あたしの身長が171cm。女子では大きいほうなんだけど、改めて、ちょと顔を上げないと目が合わない。男の人ってこんなに大きいんだ。そういえば翼空先輩も・・・あたし、顔上げて話してた。

「あの・・・翼空先輩と仲いいんですか」

 思っていたことが口からフワッと飛び出て、あたしはなぜかドキドキしてる。

「翼空とは幼なじみだぜ」

 幼なじみ!?子供の頃から仲良いんだ。

「翼空先輩って、運動神経めちゃめちゃいいですよねぇ。ダイナミックではないんですけど、なんていうか、スパッと決まるっていうか」

「昔っから運動神経は抜群にいいよ、あいつ。勉強もできるし。テストの成績上位で張り出されてるもんな」

 実は掲示される中に、常に日下先輩も入ってるのを知ってる。一重から聞いたんだけど。

「でもオレ、なんであいつにはかなわねーんだろ」

 信じられない!天下無敵の日下千尋が弱音?一重に報告しなくちゃ。

「先輩の努力が足りないんじゃないんですか?でなければ弱み握られてるとか」

 先輩があたしを見下ろした。

「おまえ・・・言うねぇ」

 やばい。またやっちゃった。怒ったかな。

 と思った途端、先輩は何を思ったのか傘を閉じた。

「わッ」

 雨の勢いは依然強いままで、あっという間にずぶ濡れになってしまった。先輩は・・・笑ってる!?

「今のは痛いトコ突かれたぞ」

 そう言って笑いながら、何度も傘を開閉して水飛沫を飛び散らせた。

「もー、何するんですかぁ!」

 傘を取られて何もできないあたしは、先輩が遊んでいる傘から飛んでくる飛沫を手で防ぎながら、知らずに笑ってた。雨ってこんなに楽しいものだったんだ。



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