学校の前のバス停にはベンチとひさしがあって、あたしはそこでトートバッグの中身を確認した。手紙はほぼ水没しちゃってて、箱や袋で包装されているチョコたちはなんとか無事と言えそうな具合だった。
「園生って、うちどこ?」
あたしはスポーツバッグから使っていないタオルを2枚出して1枚は先輩に渡した。先輩はサンキュと言った。
「ムサシ台5丁目ですけど」
「!?オレあけぼの町1丁目!なんだよ隣町じゃん」
「先輩あけぼの町なんですか?学区が違うから会うことなかったんですね」
こんな奇遇って、ちょっとすごいかも。あれ、じゃあ翼空先輩もあけぼの町なのかな。
濡れた全身を気休めにタオルで拭いていると、バスがやってきた。
乗ったのはいいけれど・・・
「座れませんね」
バスの乗客は二人だけ。つまり、先輩とあたし。
「そーだな」
傘を持っていながら全身びしょ濡れの二人は、しょうがないので立ち乗りだった。
「傘、きっと内側まで濡れちゃってますよ」
「いいんだ。あいつ、オレに傘貸しても使わねーの知ってっから」
「翼空先輩・・・」
・・・なんだろう・・・何かが、うれしい。どうして・・・?こんな気持ち、何?
「おまえ、翼空のこと好きなんだろ」
「はぁ?」
な、な、な、なに?好き?
「・・・って顔に書いてあるぜ」
とっさに顔を押さえた。
顔が赤くなっていくのがわかる。鼓動がすごい。
「んなわけねーだろ。おまえ、恋したことねぇの?」
「恋・・・?」
これが、そうなの・・・?
先輩はフッと息を吐いて、微かに笑った。
「でもあたし、今まで翼空先輩のこと何とも思ってたかったんですよ?」
心臓がドキドキしてうまく話せない。
「さっきメガネかけた人見て、誰だろって思ったら翼空先輩で」
「そういう恋もある。一種のヒトメボレだな。いつ何に惹かれるかなんて、わかんねーもんだぜ」
恋って、不思議。こんなにドキドキして・・・翼空先輩が心の片隅を占領しちゃってる感じ。でもどうしてうれしいの?・・・なんで、切ないの・・・?
先輩はそれきり話さなくなった。
バスを降りる頃には大雨は小雨に変わっていた。水浴びしたままの先輩とあたしは、傘を差さずに歩き出した。
霧のような雨がほてった頬に当たって気持ちいい。こんなに雨が優しいなんて。
そしてまた翼空先輩を想っている自分に気付いた。胸がキュンと切なくて、でもその存在がうれしくて。
先輩はあたしの隣に並んでゆっくりと歩いている。
「先輩、あたし、雨がこんなに優しいなんて思ったことありませんでした」
と言って見上げると、先輩はすごく切な気な表情であたしを見ていた。ドキッとした。あまりにも綺麗で。
「先輩・・・?」
どうしてそんな顔であたしを見るんだろう、と思ったら、先輩はニッと笑って言った。
「雨、好きになった?」
その笑いは、さっきまでの先輩に戻っていた。
「んー・・・って、先輩!?あけぼの町、逆方向ですよ?」
こっちはムサシ台だよ!
「送るよ。もう暗いから」
立ち止まって見た、夜の闇と霧雨に包み込まれた見知った町並みに、今日は、綺麗すぎて違和感を感じるほどの人が迷い込んでいる・・・
「なんてな。危ないだろ、夜道の一人歩きは」
これは表向きの顔なんだろうなぁ。女と見れば誰にでも優しい、それが日下千尋だ。この顔にどれだけの女の人が心ときめかすかは知らないけど、あたしは引っ掛からないぞ。
「先輩のほうが危ないですよ」
「それどういう意味だよ。オレっつう人間がキケンだってか、それともオレが危ない目に合うってか?」
「えっと、両方です!」
真顔で言ったら爆笑された。
「ひー、ハラいてぇ」
そう言って笑い続ける先輩の、さっきの切な気な顔が脳裏に焼き付いている。
「・・・先輩は、好きになった人、いますか?」
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