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森に囲まれた一軒家の応接室で、アーティアとジェイは二人して、つっ立ったまま凍ったように固まっていた。
二人とも、その優美な容貌を奇妙奇天烈にゆがめている。
「・・・ちょ、ちょっと待ってよ、」
アーティアが、どうにかこうにか声を絞り出す。その声色は動揺に震えていた。
「・・・・・」
ジェイはというと、目を大きく見開いて口をあんぐりと開けたまま、先ほどからその一点を凝視し続けていた。
まるで信じられないことが、二人の目の前で起こっていた。
「ミ、ミハイル・・・」
ジェイは、弱々しくもなんとか声を出して、狐か狸に化かされたようなこの状況を見極めようとする。
「どうしたの、ふたりとも立ったままで。どうぞお座りなさいな」
ミハイル・ワーニット。・・・アーティアの母その人は、ほほ笑みも仕草も優雅に、ソファにゆったりと腰を下ろした。
彼女の細い腕は、黒髪のこびとを優しく抱えていた──・・・。
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アーティアは、高速艇の座席を倒して横になり、大きく伸びをした。
「すげー、贅沢ぅ〜」
ジェイの操舵する高速艇で半時。周りは見渡す限り真っ青な海。燦々と降り注ぐ太陽が、じりじりと二人の白い肌を焼いていた。
広い地球のど真ん中。アーティアは、この空間が自分だけのものみたいで、ものすごく気分が良かった。
天から水平線まで、雲ひとつない薄い水色の空。ぐるりと見渡すと、緑頭で長身な男の後ろ姿が目に入る。
ユン兄ちゃん・・・いや、ジェイ。
彼がそばにいることも、気分がいい理由のひとつだった。
母さんが失踪してからずっと一緒にいてくれたジェイ。彼が、母さんの弟、叔父のユングフラウだったなんて、どうしてずっと気づかなかったんだろう。どうしてずっと、気づけなかったんだろう。
ユン兄ちゃん・・・
アーティアは、心の中で懐かしい名前を呼んだ。
ふいにジェイが振り返る。
「!」
アーティアは驚いて体を起こしてしまった。
光に透ける薄茶髪を風で乱したユングフラウが、振り返って、笑ったように見えた。
「もうじき着くぞ。見えてきた」
ジェイは前方を指差す。
「え!」
アーティアは飛び起きてジェイの隣に並んだ。
東海に浮かぶ孤島シララは外周が三キロメートルほどで、透明な青海と白い砂浜と、椰子の林に囲まれた美しい島だった。
波止場に着岸するなり、アーティアは一言、感心してこう言った。
「すげー、贅沢ぅ〜!」
「さっきもそれ言ってたな」
すかさずジェイがつっこむと、アーティアは「それはそれ、これはこれ」と言いながら船を下り、シララの地を両足で踏みしめた。
「さっきは世界一人占めしてる気分だったんだよ」
正確には、世界とジェイを。
「今度は?」
「だってこの島丸々ドーティスのものなんだろ。・・・母さんも、ここにいるんだろ」
あらためて口にして、アーティアはそこから動けなくなった。
ここに着くまで、ジェイからシララがドーティスの私有地だと聞いてはいたが、アーティアはここまで大きな島だとは思っていなかった。
人里を離れて暮らす錬金術師、ドクター・ドーティス。オレをつくり出し、ユン兄ちゃんを剣精にした人。
どんな人なんだろう。母さんが惚れこむくらいの人・・・。
いや、それはいい。今考えたって、ドーティスがどんな人間か知らないのだからどうにもならない。
それより母さんだ。
この島には、五年も会ってない(もちろん声も聞いてない)母さんがいる。どんな顔して会えばいいんだろう。会ったらなんて声かけよう。
・・・以前、母さんとオレとカタリナさんと三人で生活していたときはオレ、どんな話し方してたっけ。母さんはどんな話し方だったっけ。
忘れるはずない。忘れるはずないのに・・・思い出せない。
離れてた五年てそんなに長い時間だったかな。母さんはオレのことをちゃんと覚えててくれてるかな・・・。
オレにはジェイがいてくれたから寂しくはなかったけど、母さんは寂しくなかったかな。あ、そか。ドーティスと一緒なんだもんな、大丈夫か。
微動だにしないアーティアをの顔をのぞきこんで、ジェイは、ふと口の端をつり上げた。
「緊張してんのか。らしくねえな」
「・・・そ、そんなんじゃねーよ」
強がっているのが見え見えのアーティアを、ジェイは手招きした。
「来いよ、髪、ほつれてる。」
「う、うん」
ジェイに髪を触られていると、だんだん落ち着いていくのが自分でもわかるアーティアだった。
なんだか、あたたかい気がした。いつものジェイなのに、そこに確かにユングフラウを感じている。
「よし、いいぞ」
「ありがと」
アーティアは、うつむいたまま言った。なぜか照れてしまう。
ああ、オレやっぱり好きだ、この人。
子供のころ以上に意識してしまっているのはどうしてだろう。
「酔った? ・・・わけでもなさそうだな」
アーティアは、ゆっくりとジェイを見上げる。
「平気だし」
少し拗ねた表情のアーティアに、ジェイは、子供をなだめるようにほほ笑みかけた。
「なら行こうか」
「うん」
ジェイはユングフラウだけど、やっぱりジェイだ。
変わらない笑顔に、アーティアは心底安心できた。
林の小路を島の中心に向かって歩いていくと、林が開けた先に、鉄筋コンクリート製の建物と、それに不釣合いにくっついたログハウスが見えてきた。
「あれがドーティスの家と研究所だ」
「・・・違和感アリアリのところだね」
・・・母さん。
不安げに見つめるアーティアの内心を察知したのか、ジェイはアーティアの肩をそっと抱いてやった。
言葉はなくても、アーティアには、ジェイが「大丈夫だよ」と言ってくれているのがわかった。
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