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「おあーっ懐かしーっ。先行ってるよ、ジェイ」
地元であるバレムに戻ってきたアーティアは、五年前とあまり変わっていない街並みに少なからずほっとしていた。
家の玄関までのスロープを駆け上がりオートロックの暗証番号を入力すると、手入れされている白い玄関扉が開いた。
「カタリナさーん、たっだいまー!」
はしゃぐアーティアを見ながら、こいつは本当にハタチなのか、と思うジェイだった。
「ったく。まるで子供だ」
玄関ホールに足を踏み入れたジェイは、ひた、と動きを止めた。後ろでカチリと玄関扉が閉まる音がした。
「アーティア!カタリナ!」
リビングの入り口に二人はいた。ヤツらに後ろ手に縛られて。カタリナは気絶しているようだった。
「ジェイっっ後ろ!!」
アーティアの叫びと同時に後頭部に衝撃が走り、ジェイはその場にくずおれた。
「そいつはそこに縛り付けておきなさい」
リビングから、ティーカップとソーサーを持った男が現れた。いかにもインテリなブラウンのスーツをそつなく着こなしている。その男がヤツらに命令すると、ヤツらはぎこちない動きで倒れているジェイを無理やり階段の手摺に縛り付けた。体を起こされたジェイの頭からは血が滲み、額から頬を伝って滴り落ちている。
アーティアは戦慄した。
「ジェイッ!ジェイ!しっかりしろよっっ。何なんだよ、おまえらは!」
アーティアは目尻にうっすらと涙をが溜めている。
男はアーティアに歩み寄った。
「やっと会えましたね、アーティア・ワーニット」
そう言って紅茶を上品に飲み、カップとソーサーをテーブルに戻した。
「私はティルジット・サーイルンと申します。お見知りおきを。君をずっと探していたのですよ」
ティルジットと名乗る男はアーティアの顎を指ですくってそっと上向かせ、狂気染みた鋭い瞳で見下ろした。
「成程、ミハイル・ワーニットに良く似ている」
アーティアは首を振ってその手を払うと、ティルジットをキッと睨みつけた。
「てめえ、ジェイを放しやがれ!」
「下品な口だ!殺してしまいましょうか?」
怒鳴られ、アーティアは怖気づいたが、すぐにジェイに声をかけ始めた。
「ジェイっ目開けろよ!死んじゃったの!?」
ジェイの頭からはまだ血が滴っている。泣き出しそうな声でアーティアはジェイを呼び続けた。
「大人しそうな顔に似合わず五月蠅い子ですね・・・!その男がこれしきのことで死ぬはずがないではありませんか。・・・まさか、知らないのですか・・・?」
その時、ジェイが微かに動いた。
「う・・・」
「ジェイ!生きてる?」
ジェイがゆっくりと顔を上げる。
「ん・・・アーティア、無事か。ティルジット・・・きさま」
「有り余っている血が少しは抜けましたか、ユングフラウ・ワーニット?久しいですね」
「黙れぇティルジット!」
ジェイとティルジットの顔見知りのような言い合いに、どうしてユングフラウの名が出てくるのかアーティアは不思議に思った。
「ユングフラウって・・・ユン兄ちゃん・・・?」
ティルジットが話しかけているのは、緑髪碧眼のジェイ・フォルツェである。
「おや、本当に知らないようですね。では私が教えて差し上げましょう。この男は錬金術師ドーティス・フォルツェの不老不死の実験体となったユングフラウ・ワーニットですよ。この程度の傷で大人しくなるような男ではありません」
「ティルジット!それ以上っっぐあっっ」
ジェイが悶えた。ティルジットが小さく手を動かすと、ヤツらが更にきつくジェイを縛り上げたのだ。
「・・・不老不死の、実験体・・・?ジェイが、ユン兄ちゃんだって・・・?」
アーティアの呟きに、ジェイはきつく目を閉じてうつむいた。
「ええ。この男は錬金術の実験体として、ドーティスに身を捧げたのです。そして不老不死の体を手に入れた。この男の傷の治癒力は尋常ではありません。ご覧なさい。あれほどの出血がもう治まっています。私は不老不死にとても興味があるのです。この男を捕らえて、隅々まで調べてみたいですねえ。そして、君もね」
妖しく光る瞳がアーティアに向けられる。
「オレも・・・?」
「ティルジット!アーティアはきさまには何の関係もねえ!締まりのねえ口を閉じろっっ」
「おおありです!ドーティスにできることが私にできないはずがない!ドーティスは錬金術で生命をも創り出した。もう二十年になりますか?アーティア」
アーティアは訳が分からないまま呆然としている。するとティルジットが声を上げた。
「ベネディクト、来なさい」
奥にあるキッチンから現れたのは、年端もいかない少年だった。ベネディクトと呼ばれた少年はティルジットの傍に寄り、虚ろな瞳でティルジットを見上げている。
「アーティアにある心が、なぜベネディクトにはないのですか!?なぜベネディクトは泣くことも笑うこともないのか!?アーティア、君をじっくり調べなくては」
ジェイがベネディクトを見た。
「てめえ・・・まさか、錬金術で創ったのか?この少年を!?」
「ええ。ドーティスがやれたことですから」
「・・・創った?・・・錬金術・・・?」
アーティアが口走る。
「アーティア。君は君の母ミハイルの遺伝子から創られたんですよ。遺伝子の一部を錬金術で男性化させて卵子に組み込む・・・父の精を受けていない、紛れもない創られた生命なんです」
「もう・・・黙れ・・・っ」
ジェイが苦しそうに声を絞り出す。
「ジェイ・・・本当ななのか?ジェイは知ってて、黙ってたのか・・・?」
「アーティア!おまえは一人の人間なんだよ。愛されて、愛されるために産まれてきたんだ。俺の大事な甥っ子だよ!」
「ふん。愛されて、ですって?ドーティスの不埒な好奇心から進められた実験ですよ。そこに愛があったとでも?」
ティルジットがジェイを見下した。
「当初のことなんか俺にはどーだっていい。俺はアーティアが産まれてこうして生きている、それだけで嬉しい。ミハイルだってドーティスを愛してるから協力してきたんだ。家族を愛さないはずがないだろうっっ」
「ジェイ・・・」
アーティアはジェイを懐かしそうに見詰めた。
ジェイは睨み付けていたティルジットから視線を外し、俯いて口元に小さく笑みを浮かべた。
「わかったぜ、ティルジット。おまえのベネディクトには足りないんだよ・・・愛情が」
「愛情など不必要です!生命は芸術です!私が目指すのは完璧な人間。不死の命と心。完成させるためにユングフラウ、君は当然ながらアーティアもじっくり調べさせてもらいますよ」
興奮状態のティルジットに、アーティアは静かに口を開いた。
「おっさん・・・分かってないね」
「お、おっさん!?」
「ベネディクト・・・こっちにおいで。こいつらをどかして、この縄、解いてくんないかな」
そう言ってにっこり笑うアーティア。
ベネディクトは無表情で一度瞬きをし、ゆっくりと・・・歩き出した。
「ベネディクト!?戻りなさい」
ベネディクトはティルジットの言葉に反応もせずアーティアのところにやって来た。
「頼むね」
ベネディクトはやはり無表情だったが、微笑むアーティアを縛り押さえつけていたヤツらを退かして縄を解き、気絶しているカタリナの縄も解いた。
「いい子だね、ベネディクト」
自由になったアーティアはベネディクトの頭を撫でてやった。一瞬、ベネディクトの瞳が揺らめいた。
「ユン兄ちゃんは、よくこうやってオレの頭を撫でてくれた・・・。ジェイも撫でてくれた・・・。同じ、手だった・・・」
なんとも優しい笑顔でアーティアは言った。
「アーティア・・・」
ジェイが呟いた。
「ベネディクト!!」
ティルジットの一喝にベネディクトは驚き、飛び跳ねるようにして戻って行った。
アーティアが立ち上がり無言でジェイに歩み寄ると、ヤツらは気おされたのか、勝手に退けていった。
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