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「来てくれたか、ユング」
長い黒髪をうるさそうに後ろで束ねた白衣の男が、慌ただしく部屋に駆け込んできた背の高い男を迎え入れた。男はさっぱりと刈り上げた明るい茶色の髪と、何より印象的な金色の瞳を持っていた。男は扉が閉まるのを待たずに話を切り出す。
「それで、手簡のことは本当なのか、ドーティス」
ドーティスと呼ばれた白衣の男は頷いた。
「加速器にかけていた細胞なのだが・・・ある時期で成長に係わる遺伝子が働きを止めた・・・」
「どういうことだ?」
ドーティスは窓際に歩み寄り、外に目を向けた。
「実験は、完全な成功ではなかった・・・」
金色の瞳の男、ユングフラウは目を見開いた。
「死ぬのか・・・?」
ドーティスが振り返り、ユングフラウの目を見据える。
「逆だ。成長が止まる。・・・永遠にだ」
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「またハズレだったねぇ?ジェイ」
アーティアは、テスタデパートのユージーコーナーで試食用にもらったキャラメルプリンを食べていた。
「んー、テスタにもいないとなると・・・シャスか?」
ジェイは神妙な顔をして腕組みをした。
「あーあ、母さんどこにいるんだろ。案外家に戻ってるかもよ?」
アーティアはそう言うと、最後の一さじを口に運んだ。
「・・・よし。シャスに行くぞ」
アーティアの意見は聞かなかったことにして、ジェイは次の行き先を決め、空になったプリンのカップをアーティアから横取りしてゴミ袋に入れた。
「オイ、無視かよ!」
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「ミハイルはそれを知っているのか!?」
焦燥と悲嘆を混ぜ合わせた真剣なまなざしのユングフラウに、ドーティスは首を振って答えた。
「・・・だからおまえには話しておこうと思った。この先、あれは独りで永遠の時を生きることになるだろう」
感情を殺したドーティスの声は、淡々と静かだった。
「そんな・・・永遠に独りだって・・・!?馬鹿な!」
ユングフラウは両手をこぶしにして机に叩きつけた。
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「シャスに行ったら不三家のケーキで誕生日を祝おうか」
珍しくジェイがおいしい話を持ち掛けたので、アーティアは一瞬戸惑ってしまった。
「・・・マジで!?どーゆー風の吹き回しだよ、ジェイ」
アーティアは嬉しくなってジェイの腕に腕を絡めた。
「節目ハタチの記念日だからな。たまには贅沢しないとな?」
アーティアには、にっこり笑うジェイが天使に見えた。
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「何とかならないのか!?普通に生きて死んでいくことは!?」
ジェイの嘆きにドーティスは無言で再び窓の外を見遣った。
「あれに寿命はこない。それに今まで、大抵の怪我ならすぐに治ってしまうのをおまえも見てきただろう。よほどのことがない限り、殺すことさえ難しいんだ」
ユングフラウはソファに腰を下ろし、こぶしを掌で受けた。
「私も、まさかこのような形で不老不死が発現するとは思っても見なかった。このことが外に漏れれば、あれを狙うものが現れるだろう」
「・・・ティルジット・サーイルン・・・奴か」
「ああ。奴にだけはあれを渡してはならない」
お互いが暗黙の了解のように肯き、少しの沈黙の後にドーティスが口を開いた。
「・・・おまえに訊きたいことがある。おまえは、あれを大事に思えるか?これからもずっと・・・」
そして俯いているユングフラウを見る。
「あれを守り、傍にいてやってくれないか・・・?」
その言葉に、ユングフラウは力を込めてドーティスを見返した。
「俺はいつだってそう思ってるさ!でも俺は!いずれじじいになって死んでいくんだぜ」
ユングフラウの、それは、悲壮な意志だった。ドーティスは静かに、ゆっくりと言った。
「もうひとつ、やってみたい実験があるんだ」
「!?」
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シャスはテスタから電車で一時間半のところにある海のきれいな町である。シャスタウンビーチは毎年夏になると海水浴客で賑わいを見せる。今は初夏なので、駅から見える浜辺も、人気はまばらだった。
「潮のにおいがする」
アーティアは電車を降りるなり深く息を吸い、そう言いながら吐き出した。
「今何時?」
アーティアが問う。
「三時半だ。あと四時間半あるぞ」
本日の夜八時に、アーティアは二十歳になるのだ。
「ちょっと海で遊んで行かね?」
ジェイは何をして遊ぶんだろうと思ったが、とりあえず「いいぜ」と答えた。
砂浜でアーティアは靴を脱ぎ、ジーンズの裾を捲り上げて波と追いかけっこを始めた。
寄せる波に追われ、引く波を追い、繰り返し。ふとアーティアが立ち止まった。そこに波が押し寄せ、砂とアーティアの足を引いていく。その様子を、ジェイは後ろから不思議そうに眺めていた。
「きゃっほ〜い!ハタチだぜー」
突然アーティアは飛び上がり、踵を返してジェイのもとまでやって来た。
「ジェイ!シャンパンも買ってよ!」
ジェイは目をぱちくりさせ、ああそういえば、と言った。
「成人なんだもんなあ。ふむ。考えとこう」
とても二十歳には見えない幼な顔の少年、いや、青年だろうか、はジェイの言葉を聞いて嬉しそうに飛び上がった。
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「・・・そうすれば、おまえの成長を止めることができる」
「上等だ、兄貴の研究、最後まで見届けてやるよ」
ユングフラウは立ち上がった。
「・・・心強いな。ありがとう、ユング」
俯いたドーティスの肩に、ユングフラウはそっと手を乗せた。
「ミハイルに知らせなくちゃな、ドーティス」
「ああ」
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「おねーさん、ロウソク20本付けてくれる?」
不三家のおねーさんはにっこり笑って、カラフルな蝋燭を二十本付けてバースデーケーキをラッピングしてくれた。
ジェイが会計を済ませるのを待ち遠しそうに見ているアーティアの腕の中には、先に購入したシャンパンが素敵にラッピングされて納まっていた。
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