第二話: Unsung Hero(2)
■ 「・・・なんですって・・?それじゃあもう成長が止まってしまってるって言うの?」 ミハイル・ワーニットが仕事の合間を縫ってドーティスの研究所にやって来た。 「いや、まだだ。データからの計算ではあと十三年後になる」 ミハイルが絶望的な表情で崩れ落ちるのを、ドーティスが支えた。ミハイルがドーティスの腕にすがる。 「なんてこと・・・。今以上の孤独を・・・?」 ミハイルの目に涙が溜まっていき、大きな瞳を揺らした。 「安心しなよミハイル。あれには俺がついててやるから」 ミハイルの揺れる視界に入ってきたのは、緑髪碧眼の見知らぬ男だった。 ドーティスが口を開く。 「紹介しよう。ジェイ・フォルツェだ。君も良く知っている」 「知らないわ。誰なの?」 ジェイと呼ばれた男はニッコリと笑ってミハイルに近づいていく。そしてドーティスを見て言った。 「ホラ、姉弟でも判らないぜ」 ドーティスは苦笑する。ミハイルは訳も分からず呟いた。 「?誰なの」 「自分では変わった意識なかったのにな・・・。姉貴に言われると、なんつーか、実感湧くわ」 困惑の表情で頭を掻くジェイ。その仕草に見覚えがあったミハイルは言った。 「まさか・・・あなたなの・・・?」 ミハイルの目尻から、涙がひとすじ流れた。 □ アーティアとジェイはオーシャンビューの一室に宿を取った。二人は宿の最上階にある海を見渡せる露天風呂で夕陽を浴びながらリフレッシュし、部屋に戻って軽く食事をした後、各々にくつろいでいた。 アーティアはベッドにうつぶせになり、手足をクロールストロークさせて息継ぎの振りまでしながら、広い露天風呂を名残惜しんでいた。どうやらまた風呂で泳いでいたらしい。 「あ〜朝もっかい入りに行こう」 視界でバタバタと動かれ読書に身が入らないジェイはわざとらしく音を立てて本を閉じた。 「どーせ寝てるくせに?どれ、落ち着きのないガキを大人しくさせる時間かな」 時計を見てジェイは立ち上がり、シャンパンの包装を解いた。 「アーティア、ケーキの箱開けな」 アーティアは瞳をキラキラと輝かせ、窓際のテーブルに置いてあったケーキの箱に飛びついていった。 ジェイがグラスを二つ持っていくと、アーティアはバースデーケーキに蝋燭を十九本、丁寧に刺し立てていた。ジェイは残っていた一本にマッチで火を点け、アーティアの歳の数の蝋燭に火を点していく。それに見入っていて徐々に明るくなっていくアーティアの子供のような顔を見て、ジェイは優しく微笑んだ。 ジェイは二十本目の蝋燭を空けてあったところに刺し、部屋の照明を限界まで絞った。 「アーティア、二十歳おめでとう」 ジェイの爽やかな笑顔は蝋燭に照らされて温か味を増して見えた。アーティアはなぜか少し照れて「ありがとう」とはにかみ、大きく息を吸ってから火を一気に吹き消した。その瞬間、ジェイが隠し持っていたシャンパンも壮快な音とともに栓を飛びあげ、アーティアの誕生日を祝した。 ■ ソファに座ったミハイルは隣にいるジェイの瞳を見つめた。 「あんなに綺麗な金色の瞳だったのにね」 「あは。でも青だって悪くないだろ」 ミハイルは微笑み、ジェイの手を取った。 「本当に・・・ありがとう。あなた自身の人生を狂わせてまであの子の傍に居てくれようとして・・・。あたしたちにそれができないばっかりに・・・ごめんね」 ジェイは、今にも泣き出しそうなミハイルの頭を抱き寄せた。 「姉貴、俺にとっては願ってもないことなんだぜ。俺、マジであいつのこと愛しちゃってっからさ。・・・でもしばらくはあいつに会わないでおくわ。たぶんあいつ、俺のこと見ても判んねーだろ。それってちと辛いからさ」 「・・・もう、ユングフラウの姿には戻れないの?」 顔を上げたミハイルに、ジェイは少し困ったように笑った。 ドーティスがコーヒーを入れて部屋に入ってきた。 「この先、あれにすべてを伝えるか否かはジェイ、おまえに任せる。それで構わないな、ミハイル」 ミハイルはジェイの腕の中からドーティスを見て頷いた。 「何も知らないあの子に真実を伝えなくてはいけない事態になってしまったのは悲しいことだけれど、あの子が独り立ちできたらそのときは・・・もしあたしたちが死んでしまった後でも・・・あたしたちが望んだ子供なんだって伝えてほしい、ユング・・・」 ミハイルに強いまなざしで見つめられたジェイは、わかった、と応えた。不安そうな姉を安心させるように、また、自らに言い聞かせるように。 「ミハイル、あいつは甘えんぼだけどしっかりした子だ。父親がいないからとかで自分は不幸だなんて思ってないだろうし、母親が忙しいってことももう理解してる。愛情はそりゃミハイルにゃ敵わないけど俺もカタリナもいっぱい注いできた。卑屈にならずに素直に育ってきたと思わねえ?・・・人間としたら結構過酷な生い立ちだけどさ、大丈夫だと思うな、俺は。いずれ話さなきゃなんない真実に、あいつは負けたりしないさ。俺がついててやるしな」 ミハイルがほっと肩をなでおろした。 「ありがと、ユング」 「姉貴、俺はジェイだぜ」 ジェイが髪を掻き揚げながら言うと、ミハイルは、そうだったわね、と言って儚げに笑った。 □ 薄暗がりの中で、ジェイはベッドに寝そべる無邪気な寝顔のアーティアの傍らにいた。 「・・・アーティア。おまえがおまえ自身の異常に気付くのはいつになるんだろうな。・・・気付く前に俺から言うべきなのか?おまえが今以上に老いることはないと・・・そして俺の秘密も・・・。不老不死なんて俺には悲しいとしか思えない。だけどおまえは永遠の命を持ったことを喜ぶのかな?それとも俺と同じに悲しむのかな・・・孤独の寂しさに逃げ出してしまうのかな・・・寂しさに耐えられない弱い俺を・・・おまえと同じ命を持つ体になった俺を、おかしいと罵るのかな・・・。 一緒に旅した五年間で、こんな俺にもだいぶ馴れたよな。おまえは今日とうとう二十歳になった。俺はもう十三年も・・・ジェイになったときの、二十五歳の姿のままだ。これからも変わらない。おまえも歳を重ねれば自分の姿が変わらないことを知るだろう。でも孤独だなんて思わないでくれ。俺がずっと一緒にいてやるから。・・・早く俺に気付けよ、アーティア。俺はユングフラウなんだよ・・・!」 ジェイはアーティアの眠るベッドの片隅に顔を埋めた。 アーティアは驚いたように目を見開いた。 常夜灯の明かりで、ジェイが隣のベッドで眠っているのを確認し、そそくさとベッドを抜け出してバスルームに入った。バスルームの時計を見ると、午前三時を回ったところだった。 アーティアは溜め息を吐き、パンツを脱ぐと洗って干した。 「・・・まだ・・・ドキドキしてる・・・」 浴衣を乱したまま、アーティアはバスルームの冷たい壁にもたれて呼吸を整えた。 「アーティア、八時だぞ。いーかげん起きろよ」 「んー・・・あっっ」 ガバッと起き上がるアーティア。 「おまえ、オネショでもしたのか?」 ジェイの問いにあのことがバレていると悟ったアーティアは、顔を真っ赤にして否定しベッドに潜った。 「ちげーよっっ」 「どんなエッチな夢だった?」 ジェイの声が笑っている。 「ぜってー言えねっっ」 布団を被り一生懸命恥ずかしがっているアーティアだった。 「シャスにもいない・・・。一度帰るか、バレムに」 この日、シャスの街中を探索した後のジェイの提案にアーティアは大賛成した。 「やったー!五年ぶりの我が家ーっっ。旅もいいけどたまには気ィ遣わないでのんびりしたいよなー」 アーティアが笑うと、ジェイは「じじくせーの」と言って噴き出した。 |
FELLOWS!
第二話: Unsung Hero
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