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カエワ市は、街の外れになると地平線が見渡せる荒野になる。市を出て道なりに歩いていくと停留所があった。
「次のバスは十五分後か。座ってっか」
ジェイは次のバスの時刻を確認すると、ベンチにどっかりと腰を下ろしてアーティアに目を遣った。
「アーティア、ちょっと来い。髪の毛はみ出てるぞ」
「えっ、直して直してー」
駆け寄ったアーティアがジェイの脇に座ってバンダナを取る。ジェイがアーティアの頭の髪留めを外すと、まとめられていた三つ編みが解けて垂れた。その長さたるや三つ編みだというのに優に腰まである。ジェイはそれを慣れた手付きで素早くまとめて髪留めで留め、バンダナで覆ってやった。
「出来たぞ」
「ありがと。ジェイって器用だよな、こういうの」
アーティアはベンチの背にもたれた。
「褒めてくれてるなら嬉しいねえ」
と言ってニヤリと笑うジェイ。
「マメでキレイ好きで・・・あっ、保父さんだ」
アーティアは思い当たったように目を丸くしてジェイを指差し、連呼する。
「保父さん!」
目をすうっと細めて凄味がかったジェイが、やれやれ、といった風に両手を上げた。
「大当たり。俺ってば昔っから子守りばっか」
するとアーティアが唸り声を上げた。
「う〜ん。ホント、憶えてないんだよねジェイのこと。青い目の人の記憶がないんだよー。オレの小さい頃ってどんなだった?」
ジェイはそうだな、と腕組みをして思い巡らせた。
「産まれたばっかん時はそりゃもー泣きわめいてるか寝てるか、どっちかだったな。ミハイルはすげえ仕事持ちだろ?平気で俺に子守り押しつけて行くんだもんな。幼児のおまえにユッパチャプスの味おしえたの、実は俺なんだ」
ジェイはキシシと変な風に笑った。
「落ち着きはねーしあんまりうるせーから、丁度ポケットに入ってたユッパチャプス食わせたんだよ。そしたら手放さなくなっちゃってさ。舐めてる間はおとなしいから、俺も楽に子守りしようとしていっぱい食わせてたわけ。したらおまえ虫歯大王になちゃてさー。もー、ミハイルにはこってりしぼられるし歯医者にもしつこく注意されるし散々だったよ。で、しばらく禁ユッパチャプス令を布いたんだ。そしたらおまえ、アメ欲しさに丁寧な言葉使うようになってさー。エサ欲しさにお手する犬みたいに。やー、子供のこういう成長見てたら子育てもおもしれーもんだな、なんて思うようになってたっけな。まァ本当のところはおまえがすっげー可愛いかったから飽きずにやれてたって感じだけどな」
アーティアはジェイの話に肯いたり呆れたり「虫歯!」とか「犬ッ?」とか言ったりしながら聞き入っていた。
「オレってそんなに可愛いかったんだ」
「そりゃあ、世紀の美女ミハイル・ワーニットの子供だぞー?可愛くないわけないだろ」
アーティアは、ずっと思っていた疑問をぶつけるチャンスだと思った。
「ジェイってさ、歳いくつなの?」
思いがけない質問に一瞬ジェイの動きが止まった。それから態度が急変してたじたじになり、うつむいてかわいらしく呟いた。
「なっ・・・ナイショ」
「そんな可愛く言ったって誤魔化されないぞっ!コラ、吐け、吐くんだ。吐いちまえ」
ジェイを揺さ振るアーティア。さらにジェイの耳元で囁く。
「楽になるぞー」
「だーっっホレっバス来たぞ。乗りやがれっ」
こうしてまたしてもはぐらかされたアーティアであった。
バスの中でジェイは、腕組みをして無表情で目をつむっていた。アーティアはその端正な横顔を覗き込みながらジェイのことを考えた。
ジェイは剣精なんだけど、見掛けは普通の人間と同じで・・・ご飯も食べるし風呂にも入るし、キレイ好きだし、やたらとケチだし意地悪なとこあるし・・・剣っていうより人間に近い。ずっと謎のままになっているジェイの年齢は、見た目でいうと二十歳ちょい過ぎくらいなんだけど、そうするとジェイは十歳になるかならないかでオレの面倒を見ていたことになるよな。普通そんな子供に赤ん坊おしつけるか。だいいちオレは母さんが二十三歳のときの子供だ。大人の母さんと子供のジェイの関係が全くもって分からない。
待てよ。ジェイって成長して今の姿なのか?剣精のジェイが生まれたときから今の姿なんだったら母さんとの関係だって友人で通じるし、幼いオレの世話だって出来るよな。それにオレのことを産まれた時から知っていて・・・でもオレはこの人に世話されたことは全然憶えてなくて・・・なんかすげー親密に世話してもらってたみたいなのになあ。
仕事で忙しい母さんに代わってオレの面倒を見てくれてたのは、家政婦のカタリナさんと、母さんの弟のユングフラウ叔父さん(オレはユン兄ちゃんて呼んでる)しか記憶にない。どことなくユン兄ちゃんに似てないこともないけど、兄ちゃんはサッパリと刈り上げた茶髪にキレイな金色の瞳をした優しい人だったし・・・そういえば兄ちゃんとはもう何年も会ってないな・・・
考えているうちにアーティアはジェイの肩に頭を乗せて眠ってしまった。ジェイはそれに気付いて一度目を開いたが、優しく目を細めて再び目を閉じた。
「アーティア起きろ。てめえ、俺の一張羅によだれ垂らしやがって!」
重そうなまぶたを半分だけ開いてアーティアが目を覚ました。
「あれ・・・?ミセスドーナッツは・・・?」
「寝ぼけてんなよ。次のバス停で降りるぞ。ミセドはおまえが寝てる間に俺がぜーんぶ食ってやったっ」
「えーっっ!ずるいよ、ジェイ」
アーティアは大きい目をぱっちりと見開いてジェイにしがみついた。
「冗談だよ。それにミセドなんかどこにもねえよ」
チクショー、ミセドの所為で一張羅がよだれまみれだぜ、と呟きながら、ジェイは降りる仕度を始めた。アーティアは目をぱちくりさせてぽかんとしている。
「・・・なんだ、夢だったのかぁ。あぁ無念」
そして鎖骨をポリポリと掻いた。
「俺のコートもすごぉく無念だ」
仕度を終えたジェイが座席に座りなおして言った。
午前中にカエワ市を出て今は正午過ぎ。バスはだいぶ山奥まで入っていて、林の木々が流れるように通り過ぎていく。時折顔を出す空は青いが、陽の光は木々に先に吸収されてあまり差し込んでこない。窓の外を見ながら、アーティアは呟いた。
「わー、出そう」
出そう、とはヤツらのことである。
「おまえもそう思う?そろそろ体もなまってきたしな」
ジェイが爽やかに微笑んだ。
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