FELLOWS!

第一話: Wandering traveling(1)




若者が行き交うカエワ市の商店街を、一人の少年がふてくされた足取りで歩いていた。その様子をほぼすべての通行人が通り過ぎては振り返り、注目していく。

 少年は、歩みを進めるたびにふうわりとなびく紅茶色の髪を後ろだけ覆うようにバンダナでまとめていた。服装は至って簡素で、線の細い体に着古したタンクトップと、右足のほうだけ膝で一度分断し、クロスに仕掛けた革でつなげたジーンズという然して代わり映えしないいでたちだ。

 少年が注目を集めているのはつまり、服装ではなく顔なのだった。小さな顔に、男の子にしては小さめの鼻と唇。しかし目だけは大きな二重で、形の良い眉の下に、長い睫毛に守られるように輝いている。ふてくされていても瑞々しい茶色の瞳とすぼめられた赤い唇が人々の視線を集めずには居れない、美しい顔立ちの少年だった。

 その少年が、前を大股で闊歩しているスマートで背の高い男に声を掛けた。

「待てよジェイー、なんでだよー」

 呼び止められた男が立ち止まり、コートを翻して振り返る。碧眼のこちらはなかなかの好青年である。キリリと切れ上がった眉目が少々キツそうな顔立ちにしてはいるが、すっと通った高い鼻と一文字に結ばれた若干薄めの唇が理想的に並び、爽やかな印象だ。無造作に切られた緑髪で顔の右半分が微かに隠れているのも個性的で、少年に劣らず人目を引く魅力を持っていた。

「なんでも何も、買い出しは終わり。それにさっきもロイゼのチョコ試食してただろ」

 ジェイと呼ばれた青年が少年に諭すように言って聞かせる。

「折角街に繰り出してんだよ?フォーティーワンのアイスくらい買ってくれたっていいだろー。ジェイのドケチ!」

 ふてくされていた少年が唇をさらに突き出して拗ねると、ジェイはコートのポケットから何かを出して少年の唇にくっつけた。

「!?」

「ドケチで結構。おまえにはユッパチャプスで十分だろ、アーティア」

 ジェイの爽やかな笑顔に、アーティアと呼ばれた少年も思わず微笑んでしまう。

「だいいち、おまえがフォーティーワンに行ったら路銀を圧迫するのは目に見えてる」

 アーティアはもらったユッパチャプスに夢中で、ジェイのそのセリフは耳に入っていないようだった。

 アーティアは考えていた。思えば、今までオレはジェイのケチっぷりに飴一本で数知れずごまかされて来たよなあ、と。

 駄々をこねる度にアーティアは、ジェイのこの笑顔にたぶらかされてユッパチャプスを銜えさせられていた。いかんせん十九歳にもなればもう子供ではないというのに、ジェイときたら五年もこうやってアーティアをたらし込んでいるのだ。

 部類の甘い物好きのアーティアだが、財布の紐をジェイが握っている限りこの苦難は続くのである。



 ■

 ジェイ・フォルツェとアーティア・ワーニットが出会ったのはかれこれ五年前。二人の旅が始まったのも五年前のことだった。

 きっかけは、アーティアの母の失踪である。当時十五歳のアーティアを残して、アーティアの母ミハイル・ワーニットはある日忽然と姿を消した。家政婦はいるものの、私生児のアーティアには身寄りがなく途方に暮れていた。そこに現れたのがジェイ・フォルツェだった。彼はある日、一通の手紙と共にアーティアの所にやって来た。

「久しぶりだなアーティア。さて、ミハイルを探しに行くぞ」

 突然現れた男は、爽やかな笑顔と惚れ惚れするほど格好良い印象を持っていた。アーティアは見知らぬその男に警戒して言った。

「どちら様?何で人んちの事情知ってんの」

 すると男は困った表情で頭を掻きながら答えた。
 
「俺のこと憶えてないのか?残念だなあ。ジェイ・フォルツェだぜ。事情はこの手紙に書いてある」

 アーティアは訳が分からず、その手紙と男の顔を交互に見た。男はそんなアーティアに小さく微笑みかけ、手紙を読み始めた。

「こう書いてある。『バレム市西通り三番地、アーティア・ワーニットを連れて私の所に来てね。ミハイル・ワーニット。追伸、マネージャーは休暇とってます』」

 ジェイが読み終わるのと同時に、アーティアは手紙にくらいついた。

「母さんから?どこにいるって?それより何でオレに手紙が来ないんだよ」

「さあなぁ。それより彼女がどこにいるか分からないから困ってるんだ。マネージャーも知らないって言ってるし。俺とミハイルは古くからの付き合いで仲いいんだぜ」

 アーティアはジェイの手から手紙をもぎ取って注意深く調べた。まぎれもなく母の字の手紙には、どこを見ても送り先は書かれていなかった。

「鳩便だったから消印もないぞ」

 ジェイの爽やかな笑顔とその言葉に、アーティアはがっくりと肩を落とした。

「・・・すっげー母さんらしー。ヌケすぎてる」

 アーティアの母、ミハイルは世紀の美女と謳われる女優なのである。べらぼうな数の仕事を難無くこなすスーパーウーマンだが、母としてはいささかズボラであった。炊事洗濯はまるでダメ。家に居るときはドジばかりで、そんな母のおかげでアーティアは逞しく育ってしまったいきさつがある。仕事でできない息抜きを上手に家庭内で処理しているところが凄いところでもあるということをアーティアは知っていたので、そういう自己管理のうまさでは彼も母を尊敬してはいた。

「古くからのお付き合いだということは、母はあなたにも多大な迷惑をかけていたんでしょうね・・・。なんだか巻き込んでしまってすみません」

 アーティアが溜息混じりに言った。

「禁断症状が出てるな、アーティア。ホレ、これ、おまえの好物だろう?」

 突然丁寧になったアーティアに、すかさずジェイはコートのポケットからユッパチャプスを取り出して見せた。

 目を大きく見開いて口に手を当てるアーティア。驚いているのだ。何故それを知っているのかと。そんなアーティアを見て、ジェイは得意気に口の端を上げてユッパチャプスをアーティアの手に乗せてやった。

「ミハイルと仲いいって言ったろ。おまえのことは産まれた時から知ってるよ。ユッパチャプスが大好きなおまえの小生意気な口調が丁寧になるのは、甘い物が切れたとき特有の禁断症状だもんな。相変わらず子供だなあ」

 早速飴を舐めているアーティアの幸せそうに赤らめた頬を突っつくジェイ。頬を突つかれながらもすっかり上機嫌なアーティアだった。

「あんた何もんだよー?」

 スイートチャージを完了したアーティアはジェイに尋ねた。

「俺はこー見えても剣精なんだぜ」

「マジで?全然見えねー」

「なんだよ、剣精ってどんなんか知ってんのか?」

「いや、知らないけど・・・もっとこうマメっこくてふわふわしてて、羽なんかでぱたぱた〜って」

「それ妖精?ねえ、妖精?」

 引き攣らせた笑顔をアーティアの顔に近づけるジェイ。

「いやっあのっでもでも剣精ったって似たよーなもんじゃないの」

 アーティアは銜えているユッパチャプスの柄をジェイのあごにぷすりと刺した。

 ジェイは刺されたあごを擦りながらアーティアに背を向けた。

「まァな。普通剣精は剣に宿るもんだからな」

「じゃあジェイの本体はどこなんだい」

アーティアの問いに、ジェイは腕を組んで振り返って偉そうに言った。

「俺がぱたぱたしてる妖精とはちょっと違うのは見ての通りだ。それもそのはず、俺がただの剣精じゃないからさ」

「もう前置きはいいよ。早く正体おしえてよね」

 ちっとも驚かないアーティアにジェイはしらけた目を向けた。




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第一話: Wandering traveling

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