LEMON
〜楽観的欠陥品〜

(3)




「はじめて、じゃね?」

 仰向けに脱力しているオレの脇で、体をうつぶせの半身にして自分の右腕に頭を乗せている水無月が言った。水無月の左手とオレの左手が、お互いの顔の間でやんわりと繋がっている。

「なに・・・が・・・?」

 オレの声は、出しすぎた所為か少しかすれている。

「気付いてねーの?」

「・・・なに?」

 オレは顔を水無月の方に向けた。

「気持ちよくなかった?」

 水無月が真っ直ぐに見つめてくる。

「よくなきゃ、イかねえだろ・・・」

「そーじゃなくて。最後にイった時さ、心も、気持ちよくなかった?」

 水無月が言ってるのは体のことじゃないらしい。

「・・・わかんねえ」

 そう言ったら、水無月はふふふっと笑って腕に顔をうずめた。

「サイコー気持ちよさそーだったよ? 皐月」

 そうなのか?

「わかんねえよ・・・」

「オレは嬉しかったね。皐月の心がイってくれて」

 オレの心ってイったのか?

 ・・・どうでもいいや・・・。

 でも、水無月も嬉しいって思ったんだ・・・? それは、まぁ・・・よかったかな。

「・・・あったかかったんだよ・・・」

 とつぶやいたら、水無月は微笑んだ。

「それよりおまえオレのこと好きなのか?」

 瞬間、水無月は目を丸くした。

「はぁ!? 今まで何だと思ってたんだよ!?」

 じゃ、本当なのか―!?

「知るかよ!」

「てか知れよ!! 好きでなきゃ兄弟とセックスしてーなんて思わねーだろ!!」

「・・・・・・」

 そうなのか・・・。

「兄弟でなくても皐月は男だけどさ・・・」

「・・・だな。紛れもねえ事実だ」

「けど好きなんだよ。好きだから抱きてーし、皐月にも気持ちよくなってもらいてーし・・・。でも皐月は恋愛とかセックスとかに全然興味持ってねーし。だから・・・」

 だから強引にオレを抱いてたのか・・・。

「みな・・・」

「抱いたんはいーけど、皐月、精神離脱症になっちゃうしさ・・・。オレもー必死だったんだよ」

 せ、精神離脱症って・・・。幽体離脱みたいなもん・・・?

「皐月、はじめて心と体が繋がったままイってくれただろ。」

 ・・・そうなのかな。あの解放感はそういうことだったのかな?

「嬉しかったよ。また、皐月のあの顔、見たいな」

 水無月が唇を寄せてくる。

 それを唇で受け止めた。

 舌が入ってこようとする。

「ん・・・ま、待て・・・みな・・・。これ以上したらオレ動けなくなる」

「わかってるよ。今日はもうしない。キスだけさせて」

 水無月はそっとオレの頬に触れ、やさしくキスしてきた。

「・・・み、な・・・」

「んな顔すんなよ。またしたくなっちゃうだろ・・・」

 そしてキス。

「みな・・・、オレ・・・」

 言いかけたとたん、階下からオレたちを呼ぶ声がした。

「皐月ー!! 水無月ー!! ごはんだよー!!」

 おふくろだ。

 オレの上で水無月がくくっと笑う。笑うとき腹筋を使うもんだから、オレもつられて笑ってしまった。

「早く下りといでー!!」

 すげえ、でけえ声。

「返事はー!?」

「・・・ぷっ」

 オレが噴き出すと、水無月もはははと笑って、おふくろに負けない声で「今行くー!」と返事した。

 二階に据え付けてあるシャワー室で、ちょっとニオう体を流してから一階に下りた。

 下りた・・・ら。

「・・・ばあちゃん、テレビの音でかすぎね・・・?」

 これじゃ二階でオレたちがあんなことしてようが気付かねえよなあ・・・。と思っていたら、水無月も同意見だったらしく、耳打ちしてきた。

「どーりで、皐月があんな声上げててもなんも言われねーわけだ。聞こえてねーよ、テレビの音で」

 と言って、あははっと笑う。

「出させてんのおまえだろ!」

 水無月って不適なやつ・・・。

「何してたの。早く座んなさい」

 おふくろは促して、オレたちの分のそうめんを用意した。おふくろも気付いてないようだ。

 そうめんは疲れた体でも食べやすく、つるりとのどを通った。

「そういえば皐月、さっき何言いたかったの?」

 食べながら水無月が聞いてきた。

「さっきって?」

「ごはんに呼ばれたとき、何か言いかけただろ」

 水無月がつるっとそうめんをすする。

「? 何か言ったっけ」

 オレもつるっとすすった。

「言ってたよ。何?」

 なんだっけ?

 そう思ったのが顔に出てしまったらしい。水無月は諦めたふうに言った。

「ま、いーや。思い出したら言ってよ」

「あー、うん。」

 曖昧に返事をしたら、水無月がぽそっとつぶやいた。

「あんまし精神離脱しすぎて若年性痴呆症になんかなんないでくれよ」

 ────!!

 誰のせいだよ、誰の!

 カーッと顔が熱くなる。なんでだ? なんか恥ずかしい気分。

「おま、おま・・・っ」

「はいはい、そうめんうまいねー。母さんおかわりくれよ。皐月のもね」

 オレの動揺に気付いてるよな!? 水無月!!

「水無月に世話焼かれてどうすんのよ皐月。ボーっとしてないでいっぱい食べなさいね。おばあちゃんもおかわりあるからね」

 おふくろは、茹でたそうめんを上げたザルごと持って来た。ばあちゃんはテレビに夢中だ。

「皐月はさぁ、執着とかしなさすぎんだよ。いつでも無関心で無気力でさー」

 水無月がザルに箸を伸ばして言った。

 そんなことは自分でもわかってるつもりだ。けどオレの性格なんて大したことねえよな。

「そういえば皐月は、水無月に自分のおもちゃとられても平気のへっちゃんな子供だったわねぇ」

 おふくろが話に入ってくる。

「そのかわり水無月は執着心と所有欲の塊だったわねー」

「そうだったねぇ。皐月が持ってる物を全部掌握しないと大暴れしてたねぇ、水無月は」

 テレビに夢中だったばあちゃんも話に入ってきた。

 子供の頃オレは、物を水無月にとられても嫌だと思わなかっただけだ。たぶん、今でも・・・。

「オレは全然かまわねえ、けど」

 と言ったら、おふくろにつっこまれた。

「あんたね、もっと自分というものを持たないと。そんな受け身でどーすんの」

 どーすんのと言われても困るし。

「なんか皐月って、ふら〜っと周りに流されていきそうで心配だー。やっぱ弟のオレがしっかり掴んどかなきゃな」

 水無月が腕を組んでくる。

「母さんはあんたも心配だよ、水無月。いつまでも皐月にべったりで。そろそろ兄離れしないと!」

 おふくろは水無月に容赦ねえなあ。

「ははは、水無月言われてやんの」

 笑って言ったら、「あんたが不安なんだよ」と三人に同じように責められた。

「とにかく兄貴には、人としてはもっといろんなことに興味もってもらいてーけど、オレとしては浮気はやだからな、皐月」

「あー・・・?」

 オレって水無月に所有されてるよな・・・完璧に。

「水無月、高二にもなって皐月いじめないの!」

「言いがかりだよ母さん。これのどこがいじめって?」

「束縛って名前のいじめよ」

「そんなことねーよ。皐月はたぶん束縛だなんて思ってねーぜ、な?」

「あー・・・」

 これって束縛なのかぁ。まあ、どうでもいいけど。

「皐月ぃー。あんたはそんなだから水無月に自分のもの全部持ってかれちゃうのよー?」

「だからオレは別にかまわねえって」

 そう言ったら、おふくろはだめだこりゃ、と頭を抱えた。

「ほらなー。皐月はオッケーだって言ってるしぃ♪」

 水無月がじゃれるようにオレの肩に顔を押し付けてきて、ニヤけた小声で言った。

「バージンなんかとっくにもらっちゃってるもんな」

 オレは「だな。」と笑った。

 水無月がべったりしてきてもオレには拒む理由がねえ。それに別に悪い気はしねえし、嫌じゃねえ。ただそれだけのことだ。

「はぁ〜っ。我が子ながら、見事にS極とN極に分かれたもんだわ」

 おふくろが抱えた頭を振る。

「母さん、うまい例えだね。見直した!」

 水無月がビッと指をさす。

 磁石かよ・・・。

「まぁ、仲が良くてなによりじゃないかね」

 ばあちゃんがそうめんのつゆをずずっとすすった。

 ・・・・・・。

 ん!? 何してんの、ばあちゃん!?

「なんだい、しょっぱい茶だねぇ」

「ばあちゃん、それ茶じゃねーよ。茶はこっち! ほら」

 水無月が麦茶の入ったグラスをばあちゃんの前に移動させた。

「おや」

 ばあちゃん、もうろくするには早いよ!?





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