月 人

- セレナイト -




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少年は縹渺とした大地に独り立っていた。

眺む地平は白と黒の鮮烈な対比。先の漆黒の空には、
巨大な灰色の天体が悠然と、だがどこか寂しそうに浮かんでいる。

その天体の名は…地球。

少年は目を閉じる。

風が吹き抜けていく。天は青。
真白な雲間から陽光がやわらかく射し込み、
緑の大地を輝かせる。

(還りたい…!今すぐに!)

少年は強く思った。

月人(セレナイト)である彼は、寝ても覚めても夢に見る
この美しく暖かい光景に恋焦がれ続けていた。













「クレセント、ここにいたのか」

少年が振り返る。

「フル。ここは地球がよく見えるからね」

フルはクレセントに歩み寄り、肩を並べた。

「また過去を視てたの?」

クレセントの頭より高い位置から話しかける。
頷いたクレセントはフルの肩に頭を預け、腕を絡ませた。

「フルは信じる?あの灰色の地球が昔は青かったなんて。
本当に綺麗なんだ。身震いがする位…。きみにも視せてあげたい」

自分が彼のように視れないことを知っているからこそ、フルは微笑んだ。

「信じるよ。俺も視たいな」













人間が貪り尽くした地球が死の惑星となった遠い昔、
宇宙に逃れた僅かな人々は、過酷な宇宙環境に
適応するように自ら体組織を作り変えた。

人口を一定に保つため、人間の女性は
ある時期に性別が逆転する変性体となり、
子孫を残す確立を故意に高めた。

変性体には、地球での過去の人々の記憶を垣間見る
過去視の力が備えられた。

一方男性体には、遥か未来地球が息を吹き返す時を知る
未来視の力が備えられた。

これが月人(セレナイト)である。

すべては、人間が再び地球に還るその時のために…。













「いつになれば僕たちは許されるんだろう」

クレセントは組んでいるフルの腕に力を込めた。

過去視の力を持つクレセントは、
フルよりも地球に対する想い入れが強い。
そんな彼をいつもフルがなぐさめた。

「もうすぐだよクレセント。俺の視る未来はそう告げてる」

「もうすぐっていつ!? 僕は今すぐ還りたい。
きみと一緒に地球の空気を吸いたいんだ!」

クレセントは腕を離してフルの胸に飛びこんだ。
無性に口惜しさが込み上げてきて、
フルの優しさに甘えるようにすがりついた。













「俺と一緒にって思ってくれるんだ…。嬉しいな」

フルはクレセントを慈しみを込めて抱き締めた。

二人は子孫を残すだけのために出会ったパートナーだったが、
いつしかお互いに好意を寄せ始めていた。

「フル…?」

クレセントは戸惑い、身を離そうとする。

自分から身を寄せることはあっても、フルの方から
抱き締めてくるのは初めてのことだった。

胸がドキドキして、体中にくすぶっていた口惜しさが
水に溶けるように引いていった。

「俺をパートナーに選んでくれてありがとう、クレセント」













「フル、それは僕の方だ。きみはいつも傍にいてくれる」

クレセントはフルの胸の中の安心感に身を委ねた。

フルの優し過ぎる態度からクレセントは、自分たちの世代では
まだ地球に還れないことを薄々感じていた。

二人は確実に子孫を残すだろう。クレセントの変化の時も近い。
彼はもうじき女性体になり、パートナーであるフルとの間に
子供を2人もうける。
月人たちはそうやって長い時を越え、待ち続けてきたのだ。

「…僕たちが最初ならよかったのにな…。
子供たちも、こんな諦念感と生きるんだろうか」













クレセントは息を吐き、切な気に微笑んだ。

「心配しないで。子供たちは希望も抱くはずだ。
新しいパートナーと出会って地球を夢見るはずだ。
そして俺たちがずっと繋いできた生命を感じて信じるはずだ」

必ず還れると…。そう言ってフルはクレセントにキスをした。

クレセントは自分が今まさにそう感じていることに気付かされた。

(そうだよな。僕は消えてしまっても子供たちがきっと…)

キスの合間、クレセントはフルの肩越しに灰色の遠い地球を見た。
そこに、青く煌めく母なる惑星の記憶を重ねて…。













(終)














↑↑
出回っていない便箋カット。
左がフル。右がクレセント。

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あとがき


「月人-セレナイト-」は月に住む人間の子孫です。
彼らは過去人間たちが犯した罪を背負って生きています。
汚れてしまった地球がいつか人間を受け入れられるほどに
まで回復する日を、何百世代も待ち望んでいるのです。

気の遠くなるほどの時間。
自分たちの罪を視界において、その過ちを片時も忘れることなく、
許しを請うて、恋焦がれる日々は、いかほどの過酷さでしょうか。

そのなかで、パートナーとわかちあう時間は、
いかほどのよろこびになりうるでしょうか。

そんな思いを、言葉足らずともこの短編には籠めてあります。

私は結構ラブラブものが好きなので、いつも話的にぬる〜く
なってしまうのですが、今回も異常なくぬるかったですね…。
黙読多謝<(_ _)>
04/12/25