「日下くん、まだ帰らないの?」
「あ、はい。明日から休みもらっちゃうんで、これだけやって帰ろうかと」
吉住課長に声をかけられて、オレは二週間後に使う資料作りをしていた手を止めた。
「明日結婚式なんだっけ。気をつけてね。それじゃお先」
「お疲れさまでした」
忙しい時期だとは心得つつも、友人の結婚式ついでに有給休暇を使い三日間も実家に帰省することにしていたので、仕事を少しでも片付けておきたかった。
三日間分の仕事とはいっても、前々から少しずつ進めていたからたいしたことはない。それに、帰ってから会える仲間のことを考えると楽しみで仕方なく、自然と仕事をこなすスピードも上がってしまうオレだった。
あ、手抜きはしてないぜ。手ェ抜くと後からドーンとくるからな。そういうのオレ嫌いだし。
明日はオレの幼馴染みであり親友でもある永瀬翼空(ながせ たすく)と、同じく幼馴染みで親友の凪海音(なぎ あまね)の結婚式なんだ。
オレたち三人は赤ん坊の頃から高校卒業まで18年間、ずっと一緒だった。
タスクは大学卒業後地元の小学校の教員になり、アマネは美術大学に進んでガキの頃からの夢だった造形芸術家になった。
おっと、肝心の自己紹介がまだだったな。
オレは日下千尋(くさか ちひろ)。社会人四年目、先月26歳になったばかりの天下のサラリーマンだ。大卒後、某有名家電メーカーに就職して、出世街道まっしぐらとは言わないまでも、オレなりに頑張っているつもりだ。
高校までわりと派手に遊んでいたからかもしれないが、大学に入ってからスッパリと遊ぶことに興味がなくなったオレは、中高以来の友人曰く「何かに憑かれている」かのように真面目になってしまった。
オレとしてはやりたいことをやっているだけなんだが─…まぁ多少は…この歳でじじくさいかな、とは思うけど…それにしたってオレが真面目になるのはそんなにおかしいことだろうか。確かにそう思われても仕方ないくらい遊んでいたことは認めるけどな。
仕事を片付けたとき、時計は九時半を指していた。予想より早く終わったのは、さすがオレってとこかな。
さっさと帰って晩ご飯を食べていると、携帯がメールを受信した。
園生からだった。『おつかれさまです。明日の感想きかせてくださいね』と入っていた。
園生紗綾(そのう さや)は高校の後輩で、お互い上京して大学に来ていたことで再会して以来メル友のような付き合いで、休みが合えばたまに会ったりもしている。高校の頃やっていたバレーボールを大学でも続けてきて、今は実業団で活躍しているんだ。
以前思わず「よく飽きねーな」なんて言ってしまったけど、愚問だった。あいつの幸せそうな顔を見ていれば、どんなにバレーが好きなのか判るからだ。
『三次会来ればいいのに』と返信したら、『無理ですよー。先輩たちの中になんて入れません』と返ってきた。『オレのマブだし(笑)問題ねーよ』と返してやった。
園生は─…八年経った今でもタスクのことが好きなんだろうか。もしかしたら他に好きなやつができたかもしれねー。
オレはどうしてか、園生のこととなると馬鹿みたいに消極的になる。自分の気持ちを伝えるのが難しいと感じたのは、あいつがはじめてだった。オレはこんなに臆病だったか。
…怖いのかもしれない。何がって?それをオレに言わせるのかよ。
あーあ。この際だから言うけど、振られんのが、さ。
まったくオレこそ「よく飽きねーな」だぜ。自分でも呆れるくらい…っ…。あーもう、オレってけなげだっ。
悶々としていたら園生から返信がきた。『いくらマブでも(笑)実家なんて遠すぎです』ははっ、そりゃそうだ。車で四時間かかるもんな。『写真撮ってくるよ』と返信して、そろそろ明日のために就寝だ。
「わっ、タスク先輩ハカマ似合う!これ凪先輩きれいー!お姫様みたい」
居酒屋の個室風の席で、オレが撮ってきた写真を見て園生がはしゃいでいる。
タスクとアマネの式と披露宴の後は実家に二泊するつもりだったのだが、どうしても園生に会いたくなって、一泊して帰ってきてすぐに園生を誘い出した。
「両親への手紙のとこでアマネのおやじ号泣しちゃってさぁ」
「手紙っていったら一番盛り上がるところじゃないですかー。もしかして日下先輩もお涙頂戴しちゃった?」
「はは、実はちょっとな。オレら付き合い長いから、感慨もひとしおってやつ」
オレは笑ってビールを口に運んだ。
「結婚式かぁ。一重の以来だなぁ」
「双林て今の名字なんていったっけ」
双林一重(そうりん ひとえ)は園生の友人だ。大学を卒業してすぐに同期と結婚したって、以前聞いていた。
「相葉(あいば)です。今じゃ二人の子持ちですよー」
園生が感心している風に微笑んだ。
「子供二人かあ。だよなー。子供いてもおかしくない歳なんだよな、考えてみるとさ」
オレも26だし、園生だって25だ。
「そういえば先輩、大学から女っ気なくなりましたよね。女に飽きて今度は男だとか、女の幽霊にとり憑かれてるとか噂いろいろありましたねー。どれもデマだったみたいですけど」
園生が笑う。オレも思い出して笑った。
「そんな噂あったなー。男にはしるオレなんて笑えるって」
真面目になった日下千尋ってのは、遊んでいた頃を知ってるやつらにしてみれば話しのタネにしやすかったんだろう。大学の頃は色んな噂をたてられてたな。
「本当はどうして…?先輩のことだし、ちゃんとした考えがあって遊びやめたんでしょう?」
園生はおもしれー。
「んー、ふっふっ。遊ぶこと以外におもしれーこと見っけただけたよ。仕事もそうだし、なんてったって…、あー…」
やべ、するっと出ちまうとこだった。酒入って機嫌が良くなってきたら油断注意報だな。
「なんてったって…?」
園生がオレの顔をのぞきこんでくる。
「フッ。おまえに言ったところで繊細な男心は理解できねぇだろうから、言わね」
ごまかし笑いで園生の追撃を退けた。
「はーそうですかぁ。マブにも言えない男心ねえ」
そう言ってつまらなそうに頬杖をつく園生。
いやっ、マブだからこそ言えねえっつうか(笑)。言ったら友達じゃいられねーもんな。
そんなことを思いながら、オレは不貞腐れたように尖らせている園生の口元をみた。
こいつはホント、ほかの女みたく媚びないんだよな。高校の頃はそれが新鮮だった。オレを取り囲んでるやつらは皆オレをチヤホヤするだけだったから。
タスクとアマネと…こいつだけ、だな。一緒に居てえと思ったのは。でも園生にとっちゃオレなんて片思い同盟の延長線上の友達でしかなくて。
「なんだおまえ、飲み足りねえんじゃねーの?すみませーん、生ふたつー」
オレだけこんなに好きなんじゃあ、友達って言葉さえ厚かましく聞こえるよなぁ…。
出されたばかりのビールを4分の1ほど一気に飲んで、園生はまた頬杖をついた。
「先輩って昔っからそう。はぐらかしてばっかり。…前からずっと聞きたかったんですけど、先輩はどうして女の子とお付き合いしないんですか?いつも回りに女の子はいたけど、付き合ってた人いなかったですよね」
「どうしてと言われても。ホモだからな、ってのは冗談で」
そう言って笑ったオレの目に映ったのは、園生の、またはぐらかすのかっていう目つきだった。
たしかに、オレは今までずっと正式な彼女を持ったことがない。理由は簡単だ。そんなもん必要ねえと思っていたからだ。ただそれは…オレ自身がある変化を知るまでの理由。
変化…オレに好きなやつができてからは、そいつのことしか必要ねえと思ってしまったから…だから。
「…そんなの、まだ片思いだからに決まってんじゃん。…嘘じゃねーぞ」
ああ、どうしてオレはこうも園生に弱いかな。
園生が目を丸くしてオレを見る。
「先輩の好きな人って、まだ先輩に興味持ってないんですか!?すごい人ですね…。先輩のアピールが足りないなんてこと考えられないし」
まったく同感(笑)。
「その人が男でも、いくらなんだってこんな人にアピールされたらなびきそうなもんじゃないですか」
「またホモ疑惑かよ。それよかこんな人ってどういう意味だよ」
「え、そのままですよ。こんな、人なのに」
そう言って園生が吹き出す。失礼な。
「あー誤解されますね。こんないい人に、って意味です」
いーよ、おまえにどう言われようと何てことはない。逆に嬉しくなる…そんな自分にびっくりだ。
「やっぱおまえ良くわかってるなー。オレこんなにいい男なのにね…ホロリ」
泣き真似をして園生を笑わせる。
「あ…もしかして、好きな人ができたから…遊ぶのやめたんですか…?」
「あっはっはっ」
ちょースルドイ、園生ちゃんたら(笑)。
「またはぐらかすー」
拗ねる園生に、今なら、訊ける気がした。
「園生はどーなの、まだタスクのこと好きなんか。男の話ぜんぜん聞かねーし」
「あっはっはっ」
「マネすんなっ」
割り箸の包み紙で園生の頭を小突いてやった。
「タスク先輩にドキドキは…しないです、もうとっくに」
表情をやわらかくしてうつむく園生。
「もしかして…好きなやつ、できた?」
訊き方が慎重すぎたと思ったけど、遅かった。園生がプッと吹き出す。
「先輩も真剣な顔するんですねー。…今は、そばにいてほしいなと思う人は、いますけど」
なにっ。
…ていうか、ていうか園生!その、オレに真剣な顔させるのが誰か、なんで気付かねえんだ!?
オレは気を取り直して尋ねた。
「へー。オレの知らないやつ?」
だったらどうしよう。でなくても、どうしよう!
「先輩は、知ってると、思います」
園生はにっこり笑って、グラスに残っていたビールを飲み干した。
「先輩も飲み足りないんじゃないですか?すみませーん、生ふたつお願いしまーす」
え、ええ?オレ振り回されてる?
「なんだそれ、すげえ気になる」
「教えてあげてもいいんですけど、先に先輩の好きな人が知りたいなー」
思いがけない園生の言葉に、一瞬にしてどうやってはぐらかすかをあれこれと考えてしまう弱気なオレ…。そこでふと思った。
「…なんかそれ、卑怯じゃね?」
「卑怯じゃないですよ、聞きたいのは先輩なんですからねー」
「おまえだって聞きたいんだろうがよ」
そう言うと、園生は笑って「わかりました、こうしましょう」と言って、テーブルにあったペーパーナプキンとボールペンを用意して、力んで言った。
「書くべしっ」
こいつ…ホント、おもしれーよなぁ。
「本気書き?」
「本気書きです。はぐらかしたりしたら人格疑いますからねー」
園生はそう言って、オレから見えないように手でガードしながらペンを走らせ始めた。
これはチャンスなんだろうか。
「はい。」
ボールペンが手渡される。
こうなったら腹くくるしかねーのかな…。
わかってるんだ。園生が誰かにとられるのなんて、考えただけで嫌なんだ。オレだってずっと友達の距離だなんて本当はつらいんだ。
いつまでもこんな自分に、園生に、甘えてちゃいけねーよな。オレらしく…オレらしく、書けばいいんだ、それを。
「よし、書いたぞ」
ボールペンを園生に返す。
「なぁ、これ、店出てからにしねえ?」
俺の弱気な提案に、園生は二回うなずいた。
園生、もしかして怖じ気づいてる?って口から出そうになったけど、寸止めできた。負けず嫌いのこいつのことだ、突っ掛かってきて自分の墓穴になりそうだったから危なかった(笑)。怖じ気づいてるのはオレのほうだったし。
店を出たところで園生が「今交換して、見るのは家に戻ってからにしませんか」と言うので、素直に従うことにした。
「おまえ、フライングすんなよ」
「先輩こそ」
不敵ににらみ合う。こういうのはなんだか懐かしい。
オレたちは酔いさましも兼ねて、海浜公園を通って帰ることにした。
うん、一緒にいる感じ…やっぱり懐かしいな。嫌がる園生を無理矢理自転車に乗せて一緒に帰ったっけ…タスクをエサにしてな(笑)。
さすがに友達としての付き合いが長くなれば、エサがなくても気を許してくれるようにはなったけど…。
こんなに近くにいるのに、遠い…っ。
「じゃ、この辺で。楽しかったです、また飲みに行きましょうね。おつかれさまでした」
「おー。オレも楽しかったぞ、おつかれ。またなー」
手を振って園生を見送った。
振り返り、家路につく。…でも。
でも、左手に握ってるコレが、さっきから…!
ああ、もうだめだ。
「!」
園生…!
ごめん園生、見ちまった。
体が勝手に動いて、園生を追っていた。
書かれていた言葉が、脳裏に焼きついて浮かんでくる。
『あなたをとても大切に思います』
ああ、畜生!!なんでオレは…!?
なんで今まで!!
園生は、公園の街灯の下で立ち止まっていた。
オレはゆっくり近づいて。
「ずっと好きだ…紗綾」
うしろから抱きしめて、耳元に囁いた。
園生の手には、開かれたペーパーナプキン。
それに書いてあるのは、オレの想い…。
『ずっと好きだ、紗綾』
「ごめん、オレ、フライングした」
「…あたし、も…っ」
やべー、すっげー嬉しい。
腕の中の園生の肩が小刻みに震えだす。笑っているらしい。
「…先輩、やっぱ女タラシ。手はやーい」
こいつは…っ(笑)。
オレは抱きしめる腕に力を込めた。
「こんくらい、させてくれ…」
ハンパねーくらい長い間、おまえのこと好きだったんだ…。
「先輩はあたしみたいな女を珍しがってるだけだと思ってました」
オレに抱きしめられたまま、園生は言った。
「オレだって、おまえはオレのこと男としては認めてねえんだろうなって思ってたよ」
「そんな人いたら見てみたいですよー…」
園生が笑う。
「いるじゃん、ここに。オレのアピール散々無視してきたやつが」
オレも笑った。
「すいませんねーっ、そういうの鈍くて!」
そっぽをむいた園生の顔を少しだけそっと戻して、頬に軽くキスをした。
園生が驚いて振り返る。
真っ赤になった園生がたまらなくかわいくて、オレはそのまま唇を奪って、最高の笑顔をくれてやったんだ。
きになるその後(きになるあのこ・結編) ──終。
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