1、遺言(ゆいごん) 「はあぁ…」 フ・リュウは、自宅前の道のど真ん中で大きなため息をついた。 彼をそんなに落ち込ませた原因が、昨日いい加減な亡くなりかたをしたじじいの所為だとは、ガーネットに住む誰もが容易に想像できることだった。 「フ・リュウ。まぁ気をつけて行くんだぞ…」 彼の家の隣に住んでいるユユキおじさんがフ・リュウの肩を叩く。 「…はぁ…」 フ・リュウはますます肩を落とし(ユユキの手が重かったのもあるが)、うつろな目で宙を仰いだ。 そう。なにもかも昨日プラッと昇天したじじいが悪いんだ! とフ・リュウは本気で思っていた。 † 「おーい、じじい。起きろ。飯だぞう!」 いつもなら、朝餉(あさげ)の匂いが漂いだすと呼んでもいないのに颯爽とあらわれて食卓につくじじいが、今日に限ってあらわれない。 フ・リュウは面倒だったが、持っていたおたまをとりあえず鍋に入れてじじいの部屋に向かった。 「じじいー。もう朝だぞう?」 部屋を覗いてみると、そこには、前日頬を染めて嬉しそうにカニをほおばっていたじじいが、すっかり変わり果てた姿で横たわっていた。 「ううぅ…ぐふっ…」 じじいは布団に包まり、青ざめた顔で苦しそうにうめいている。 「じ、じじい!?」 慌ててフ・リュウはじじいに駆け寄った。 「ぉぉ…、フ・リュウ…か…」 「どうした!? カニにあたったか!? その歳で甲殻アレルギーか!?」 「フ・リュウよ…」 「しっかりしろじじい!」 じじいは傍らにフ・リュウの姿を確認すると、なにやら布団の中をまさぐりはじめた。 「カ…カニは……うまかった…」 そしてついに布に包まれた大きな長物を探り当て、それをフ・リュウに差し出した。 「ゴホゴホッ…この剣はおまえのじゃ…」 フ・リュウは、なぜ布団の中から大振りの剣が出てくるのかと、頭上に小さな『?』をたくさん浮かべてそれを受け取り、 「なんだこの剣。装備していいんだべ?」 …装備した。 するとどこからともなく不気味な音楽が流れてきた。 >フ・リュウは呪われた! 「げっ!」 気付いた時すでに遅く、フ・リュウは呪われた装備をしてしまっていた。 それを見るや、いまわの際にありながらじじいはニヤリと意味深に笑い、 「この呪われた剣の名前は『オートクレール』じゃ…。鞘を…サヤを取り戻すのじゃ…。頼んだぞ…ぐふっ!」 と言って事切れた。 「お、おい、じじい! 起きろ!」 呪われたのは剣じゃなくておれだ! とフ・リュウは目の前でぐったりしているじじいの肩を揺さぶった。本当に意識がないらしい。 張り手をくらわせたてみたが、ぴくりとも動かない。 「じじい!」 じじいの肩を揺するフ・リュウの目がこころなしか血走っている。 もげ落ちてしまいそうなほどに、じじいの首がガックンガックン前後に揺れた。 どうやらフ・リュウは本気だ。 「…だめだ、死に方に気合が入ってる!!」 ドゴッッッ… >クリティカルヒット! >じじいはよみがえった! 「はっ! 恐ろしい夢を見たぞい。頭をかち割られる夢じゃ…」 「…じじいは元気だなぁ…ははは…」 フ・リュウは、半分だけ割けた薪のように頭に『オートクレール』を刺したまま流血しているじじいを見て、大きな汗をたらした。 「んで、じじいよぅ。この剣がなんだって?」 「おお、そうじゃった。この剣にはサヤがあったのじゃが、3年前、フ・ツという女が自分こそこの剣の持ち主だと言い張ってな、ワシと勝負してサヤだけ持っていってしまったのじゃ」 フ・リュウの頭の中に、バーゲンの服を奪い合うように剣を引っ張り合うじじいと女の姿が思い浮かんだ。 そして服が破けるが如く剣と鞘が分かれ、勝ち誇ったじじいが出てきたところで回想は終了した。 想像上のじじいの笑顔に悪寒が走ったフ・リュウは首を横に振った。 サヤがなくなって危ないから、布にくるんでずーっと今までワシのぬくい布団の中に隠しておいたのじゃ。とじじいが鼻を高くしている。 …そういえば、布からえもいわれぬじじい臭がする。フ・リュウはそっと布を捨てた。 「! 3年前といえば…」 フ・リュウは閃いた。 「そうじゃ。おまえがお料理倶楽部で味のレパートリーを広げていた頃じゃ」 「そうだよな〜。和食オンリーだったおれが限定解除したもんな〜。倶楽部入ってよかったよなぁ」 「おかげで半熟とろとろのスクランブーエッグちゅうもんが食べられてワシは幸せだったぞい」 フ・リュウが洋食を覚えるまで、じじいはいり卵はしっかり火を通すのが当たり前だと思っていたのだ。 洋食のバターの香りを想像してヨダレがでてきた二人だった。 「それよりじじい。その女強かったのか? じじいと勝負して痛み分けたんだろ」 このじじいは、老いぼれながら町で剣術を指南している師範なのだ。その実力は孫のフ・リュウのよく知るところでもある。 「フ・ツはワシの門下だったのじゃ…」 「じゃ、おれの兄弟子?」 「…姉弟子かものぉ」 「じじいうまいこと言うね!」 「じゃろじゃろ? ぶぅはは」 …大笑い。 笑いながらフ・リュウは、『フ』なんて可笑しな名前のやつが他にもいたのかと思って、さらに吹き出した。 …自分の名前だった…。 「うっ、ごほっ…フ・リュウよ。『オートクレール』のサヤを探すのじゃ! サヤを取り戻し、この剣の本来の力を……」 >じじいは死んでしまった! 「やっとおっ死んだか…」 フ・リュウはじじいを笑い殺した。 † 「ったくよーッ」 ガーネットの町を少し出たところで、フ・リュウは不貞腐れていた。 「サヤなんてどこにあんだよ、くそじじい。手がかりなしだぜ。やってられっかよ」 じじいのあまりのいい加減さに怒りも頂点を超え、半ば呆れかけていたフ・リュウは、はっきりいって遺言なんか無視してしまえ! と思っていた。しかしいくら呆れ不貞腐れようと『オートクレール』の呪いから解放されるわけではない。 フ・リュウはしぶしぶ旅立つことにしたのだった。 「いきなり呪いはねえよなー。ありえねえって。なんもかんもあのくそじじいが悪ィ」 そして早々に自分の不注意を棚に上げて、故人に罪をなすりつけようとしている。 「フ・リュウ!」 「そうだよ。じじいのせいで朝飯が余っておれが全部食う羽目になったしな! 朝から食いすぎだっつうの」 …二人分食べたらしい。 「おい、待てよ!」 フ・リュウが一人愚痴に花を咲かせていると、彼を名指しで呼び止める輩が現れた。 声に聞き覚えがあるフ・リュウは、眉間にタテジワを刻み込んで振り返る。 「セイジか。なにや」 フ・リュウがセイジと呼んだのは、褐色の引き締まった肌に黒いタンクトップと黒いエナメルパンツを吸いつかせた、銀色の髪に退廃的なダークグリーンの瞳が映える美青年だった。フルネームをセイジ・アロウという。 「おまえひとりじゃ寂しいだろうと思ってさ」 美貌で微笑んでセイジが言った。 「まさか…ついて来るつもりじゃねえだろうな…?」 フ・リュウが怯えがちにつぶやくと、セイジはにっこりと笑った。 「あったりー♪」 「あったりー♪(ニッコリ)じゃねえよっ! おまえなんかこっちから願い下げだぁ!」 ところ構わず怒鳴り散らすフ・リュウを尻目に、セイジは帯びていた剣の柄に手をそえ、すばやく抜いた細身の剣先をフ・リュウのくびすじにヒタと這わせた。 「幼馴染みのよしみで付き合ってやろうって言ってんだ。文句はないよな?」 そう低く囁いて、切れ長の目を凄ませる。 「はわわわわ…」 >フ・リュウは怯えている! 「うんってうなづきゃいいんだよ」 頷いたら首切れるし! と、そこのところは妙に冷静なフ・リュウは震えながら声を絞り出した。 「やややややめろって〜。おまえの剣こええって〜。さささ刺さるって〜!」 フ・リュウを心底怯えさせて満足したのか、セイジはフンと鼻で笑い、剣を引いた。 「ま、いっか。」 「こンのやろ〜。ま、いくねーよ! だからおまえはキライなんだよー! おれが先端恐怖症なの知ってっだろ!?」 恐怖から解放されて気が大きくなったフ・リュウはまた怒鳴り始める。 「…知ってるからやるんだけどね」 フ・リュウは本当にセイジが嫌いだった。嫌いというか苦手なのだ。 自分より三つも年下のくせに、やたらと態度がでかい。しかもあれは絶対コケにしている。目が合えば突っかかってくる。 それに何より、セイジより長く剣術に励んでいるというのに、この後輩には手合わせで一度も勝てたことがないのだ。 フ・リュウだって仮にも師範の孫。断じて剣術が不得意なわけではないのだが、何度勝負をしても打ち負かされてしまう。 「おまえはいつもそうだ!! おれを馬鹿にして。まったく…子供かってんだ!!」 「しかしおまえさ、そんなんでよく包丁が扱えるよな」 やかましいフ・リュウは無視して、セイジは細身の剣を鞘に収めながら言った。 「うちの包丁は先が丸い安全包丁だ!!」 えっへん、と途端に態度を変え胸を張るフ・リュウ。…べつにえらくない。 そう…セイジの剣は細くて切っ先がとても鋭いのだった。 もしかしたらセイジはフ・リュウが先の尖ったものが苦手と知って剣を選んだのかもしれない。 『セイジは剣の天才なんだ…』 フ・リュウは、以前セイジの姉が言っていた言葉を思い出した。それについては不本意ながらも認めざるを得ないのだった。 「そういえば、おまえのねーちゃん…シュリ、どーなった。なんか情報入ったか?」 突然話を振られたセイジは、途端に顔を曇らせた。 「なにも。…生きてればいいけど」 「そっか…。もう10年になるよな…」 セイジの姉、シュリ・アロウは10年前から行方不明なのだ。 11年前にガーネットの町に引越してきたアロウ姉弟は、武術の盛んなガーネットではすぐに有名になった。 弟のセイジは7歳で剣術の才能に開花し、6つ年上の姉シュリは、体術で大人にも引けをとらなかった。 越してきて1年足らずのあるとき、シュリは朝稽古へ行くと家を出たきり消息がわからなくなった。 それから10年、彼女は未だ戻っていない。 いくら憎たらしいやつでも、これは触れてはいけない話題だったかな、とフ・リュウは心の中でちょっぴり反省した。 しかし、当のセイジはいたって明るいものだった。 「さ、行こうぜ。エメラルドはずっと南だ。あそこは大聖堂があるからな、いつも巡礼者がいてにぎやかだぜ」 それに、あいつは方向音痴だったんだ。と付け加えて、セイジは足取り軽やかに歩き出した。 「おおおおまえほんとに本気でついてくるつもりか!? てゆーかおれの行き先勝手にエメラルドに決まりか!?」 フ・リュウが呼び止めると、セイジは面倒くさそうに振り返った。 その表情はあきらかに『なんか文句あんのか』と言っている。 「ちょっと待てよ。…大好物、忘れてきた…」 「ん。」 回れ右をしようとしたフ・リュウの前に、ずいっとビンが差し出された。 「…ユユキのおじさんが持っていけって」 セイジはそう言って、フルーツ牛乳のビンをフ・リュウに押し付ける。 「こ、これは! こないだお取り寄せして大事に取っておいたプレミアムフルーツ牛乳、最後の一本!」 フ・リュウは家の冷蔵庫に隠しておいた宝物を勝手に持ち出されたショックよりも、この場で大好物に出会えた嬉しさに舞い上がっていた。ビンに頬ずりまでする始末だ。 「いとしのフルーツ牛乳〜」 端から見れば変態ぽいフ・リュウの行動は見なかったことにして、セイジは歩みを進めた。 「それからおじさん、家のことは任せとけって言ってたぞ」 「あ〜、ユユキおじさんなら間違いねーや」 フ・リュウは頬を染めてまだ頬ずりしている。家のことはこれっぽっちも心配ではないらしい。 「…それ、いちおう生もの…」 セイジのつぶやきは舞い上がっているフ・リュウの耳には届かなかった。 |
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『わたくし、のろわれておりまする。』
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